「上鳴はどっち勝つと思う?」
「何だかんだ爆豪じゃね?そういう耳郎はどうよ」
「ウチは名前が逃げ切る方かな」

モニターを見つめながら2人は始まったばかりの爆豪対名前の訓練結果や過程を予想していた。
今回の訓練は逃走犯を確保するというもので、いつもよりも狭いフィールドが用意された。犯人は制限時間いっぱい逃げ切ることが勝利の条件。ヒーロー側は言わずもがな、捕縛が条件の所謂鬼ごっこである。事前の組み合わせではヴィラン側に名前、ヒーロー側に爆豪となっていた。クラス内でもトップクラスの対決にA組全員が注目し息を呑む。
それぞれが上鳴達のように展開を想像する中、相澤により開始の合図がなされた。



モニターの向こう側の名前は合図を受け直ぐ様行動に出る。爆豪はスロースターターだ。長期的に戦うよりも早期に距離を置いてタイムアップを狙うのが勝ち筋だろう。

「そうと決まれば…!」

出来るだけ遠くに逃げ出そうと建物内から飛び出す名前。奇襲が戦闘スタイルのため、音をたてないのは得意だった。しかし。窓から脱出した際の僅かな着地音を爆豪は聞き逃さなかった。

「そっちか泣き虫女ァ!!」
「え、もう見つけられた?!」

開始早々に居場所がバレてしまった名前は作戦を立て直す。戦闘は避けるつもりだったが、爆豪からの追走を逃げ切る自信はない。爆豪と戦い、血を摂取してあの厄介な爆破を弱体化させてから距離を置くしかない。その為には怪我による自身の血の摂取、膂力上昇が不可欠だ。
逃げる足を止め、後ろにいる爆豪に向き直る。自身の個性では先手とっては勝ち目がないため、爆豪から攻撃するように仕向ける必要があった。


「ほら、捕まえてみなよ!飯田くんならともかく、爆豪のスピードなら負けないから」
「んだとテメェ!!殺すぞ!!」


1番を追い求める彼は誰かとの比較で負けるのを心底嫌っている。そこをついてやろうと名前は考えていた。案の定、分かりやすい挑発にも関わらず爆豪は反応していた。よしよしと図に乗りながら名前は更に続ける。


「だって機動性があるのは飯田くんとか瀬呂くん、あとは尾白くんくらいでしょ………あぁ、あと緑谷くんもだね!」
「っこの、クソ女がァ!!!」
「ほらほら、そんなんじゃ彼女も助けられないよ?あ、そもそも彼女できないか、そんな性格じゃ」


爆豪が一番気にする人物の名前を出せば、一発だった。追い打ちをかけるように「爆豪、キスもしたことないでしょ?」と煽れば、爆豪は大火力をこちらに向けてくる。そこからは簡単なもので。必死に交わしながら、火傷による傷から血を摂取して、一時的にスピードを上げる。そのまま爆豪の肩に針を突き立て、血を奪取した。
ぺろり、と舌を這わせ念じれば、爆豪の爆破は微々たるものと変化した。

爆豪の体術を難なく避けながら、想像以上にうまくいった展開に名前は頬を緩ませる。

「ははっ、余裕だわ」
「くそがぁ!!」
「うわっと、危ないから"一般人"は逃げなきゃ」

そう笑いながら、油断してしまう。それが彼女のツメの甘いところで。個性が弱まったと言っても相手は爆豪。そもそも相手の動きを見てから反応できる程、彼は素早いのだ。
そんなこともすっかり忘れた名前は爆豪を軽くいなしてから、どこか遠くへ潜伏しようと意識を逸らす。そろそろ上昇した膂力も効果が切れそうだった。その一瞬の隙を彼は逃さなかった。

「…っ余所見してんじゃねェよ!!!」
「っ、え、わ!」

余所見をしたその死角を突くように名前の足を払い、地面に叩きつける爆豪。気を抜いた瞬間の急な攻撃に名前は反応できずされるがままに押し倒された。
後頭部を強打したことによりグラグラと目眩がする。女相手だろうと本気でかかってくる爆豪を名前は舐めてしまっていた。

「はっはぁ…形勢逆転だなァ?」
「…ぁー…、いったい……ヒーローの顔じゃないよ、それ」
「ア゛ァ?!バリバリ正義の味方だわコラ」
「いや、ちびっ子泣くよその顔」
「うるせぇ殺すぞ!!」
「あはははは……で、確保テープ巻かないわけ?」

いつまでも押し倒されてるのは体勢的にも羞恥心的にも限界があるんだけど、と言葉を続ける。それを聞いた爆豪はテープを取り出しながら、さぞ愉快そうに口元を引き上げた。


「テメェさっきなんつったか覚えてるか?」
「……?」
「キスもしたことねェ?舐めんなよ、」
「え、な、んっ」


胸元をぐいっと引っ張られ、乱暴に唇を重ねられる。名前は突然のことに目を見開くばかりだった。ただ重ねるだけのキスはすぐに離れていったが、離れる直前にぺろりと赤い舌が唇をなぞる。その小さな刺激に震える名前に、爆豪の赤い瞳は目を離さなかった。そのまま薄く笑った彼の顔を見た瞬間、名前は何をされたのか漸く理解できた。


「はっ!泣き虫女が、俺のこと甘く見てんじゃねェよ」
「だ、だからって、普通する?!カメラもあるのに!?」
「カメラ無かったらいいのかよ。痴女か」
「ち、?!ば、ばか!!」
「あーあーうるせぇ死ね」


柄にもなく叫び喚く名前に爆豪はこれまた乱暴にテープを巻きつける。その瞬間に相澤の声で『早く戻ってこい』と冷静に指示される。スタスタと皆の元へと向かう爆豪の後ろで力の抜けた名前は項垂れていた。心臓がうるさくて、立ち上がれそうにない。どきどきと高なる胸は悔しいことに爆豪のあの性格を表したようなキスによるものだった。少し落ち着いてから行こう。他のみんなに何て説明しよう。頭の中でぐるぐると考えながら、離れた爆豪の背中を恨めしそうに睨むことしかできなかった。






           


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