オイラには特等席がある。それは商業施設の2階、おしゃれなカフェの奥から二番目。そこからは、男にとって特別な景色が広がっているのだ。
せっかくの週末だ。今日もあの席へと足を伸ばし、いつものようにコーヒーを注文しようかと思ったのに。先客がいやがる。しかも。
「名前じゃねーか」
「ん?あれ、峰田ー。買い物?」
「え、あ、いやぁ……」
「何?…あぁ、この席だと向かいのビルの下着売り場、見放題だね」
「オメーはほんとにそういう事にすぐに気が付きやがるな…?!」
「観察力があると言ってよ」
からからと笑う声が店内に響く。オイラの特別をものの数秒で当てた名前はいつもと違って少しなら大人っぽい格好をしている。いや、それだけじゃねぇな。
「化粧してんのか」
「うん。少し濃くなっちゃった。ケバい?」
「ケバくはねぇけど、すっぴんじゃダメなのか?」
「なんていうかなぁ……今日は服買いに来たんだけど、ある程度化粧してないとバランス悪くて。ちぐはぐになるんだよね」
「よく分かんねぇけど…そんなもんか」
女子は難しいんだな
オイラの言葉を聞いた名前は、苦笑いしながら難しいんだよとため息をついた。それから思い付いたと言わんばかりに目を輝かせて、こちらを見下ろす。
「峰田くん、下着屋さん見るほか暇?」
「馬鹿。下着屋見るので忙しいんだよ」
「アハハハ。そっか。じゃあ近くで見に行こうよ」
「へ?」
「丁度下着欲しくて。ほら、早くコーヒー飲んで」
「…このオイラを、デートに誘ってんのか」
「うん。ちゃんと彼氏っぽく振る舞ってね。ほら、雰囲気が大事だよ!」
恥ずかしそうにも、悪びれもしないで、行こ、と笑う彼女は化粧のせいかひどく色っぽく見えた。
あ、やばい。ちょっとキた。
熱くなった体を冷やすように結露で濡れたアイスコーヒーを飲んで、行ってやるよと不敵に笑って、誤魔化した。
まっすぐあの下着屋へと向かうかと思いきや、道中の色んな雑貨屋や服屋にふらりと入っては、これはどう?と相談してくる。率直に似合う似合わないを言うと名前は膨れっ面になったりして。そんな風に買い物を楽しんだ。
「つーか、良いのかよ。オイラで」
「うん?」
「こーゆーのって、轟とか上鳴とかと来るンじゃねぇの?」
遂に着いた下着屋は、なんだかキラキラし過ぎてて、落ち着かない。店員や他の客の目はオイラを名前の弟か?と視線で言っていた。いや、被害妄想かもしんねーけど。
そっから生まれた劣等感から、思わず零れた言葉。所謂イケメンに所属する2人はきっと一緒に歩くだけでも楽しいだろと遠回しに自虐を含める。それを聞いた名前はうーん、と眉を顰めて首を振った。
「まず、轟くんこーゆーとこ来ないでしょ。それに峰田くんこういう系好きだから、遠慮無く似合うのとか言ってくれそうだし」
「……オメーは寒色の方似合う」
「そっかぁ……あの黄色のとか気に入ってたんだけどな」
「あれも良いけど……子供っぽくねぇか?」
「高校一年生は子供だよ」
「んじゃ、これは?」
「えー……?谷間作るのは苦しいからやだ」
「ワガママだな」
「子供ですから」
先ほどと違い、くすくすと大人っぽく笑う名前。なんだか自分が子どもみたいで、ちくしょうと思った。
高校生にしては少し贅沢な買い物を終え、綺麗な紙袋を片手に店の外へと向かう。その見送りついでの世間話と言った風に店員がオイラ達へと声を掛ける。
「なんだか可愛い彼氏さんですね」
「え、あ、いやオイラ達……」
「はい、実くんの方が可愛くて、負けられないって感じです」
「あらあら仲が良くて。ふふ、じゃあまたのお越しをお待ちしています」
「ありがとうございました。じゃ、行こ、実くん」
「お、おぅ」
じゃあとオイラもお辞儀をしてその場を立ち去る。少ししてから、名前はいつもの悪戯っぽい顔で笑っていた。
「はー、面白かった。峰田くん、意外と大人しかったし」
「そりゃあ、あんな天国に入られたら逆に悟りを開くっつーか……てか、いいのかよ!あんなこと言って」
「だって、デートだもん。雰囲気出すよって最初に言ったでしょ?」
そういえば、とこうなった冒頭を思い出す。雰囲気って、本当に店員に言うのかよ。ほんとに恋人同士じゃねーのに。
だからこそ楽しんだというような名前に悔しくなる。こいつは、結構残酷なことをしていると分かっているのだろうか。
「わ、もう寮戻らないとだね」
「おー……オメー、狡いやつだな。相変わらず」
「ふふふ、今更だよ。ね、帰ろ」
今日何度目かの誘い文句にオイラは何だかんだ抗えなくて。仕方ねぇなと溜息をつきながら、隣に並んだ。
おまけ
「峰田ー、今日どこ行ってたん?」
「折角ヤオヨロ講習会あったのによ」
「瀬呂……上鳴……」
「なんだよ?」
「オイラ、頑張るわ」
「んだよ、いきなり」
「因みに今日は名前とデートしてた。向こうから誘われてな。悪いな、上鳴」
「はぁー?!?」
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