うっすら繋がってます
両片思いくらいの関係性


携帯の画面を見ながら、よし、と呟いて部屋を出る。きっとこの時間ならあいつはロビーでのんびりしてる筈。なんか行動パターン把握してるなんてストーカーっぽいけど、これは一大事だからと言い訳する。エレベーターに乗り込み、2回目の意気込みをした。


きっと先約は俺だったんだけど。けど、何となく言い出せなくて、まぁいいかなとか、いざという時のためになんて思ってたら、まさかの峰田に先を越されてしまった。こんなことになるとは。ほんとにまさか、だ。

自分で言うのもなんだけど、脈はあると思うんだ。

そんな期待とか焦りとか照れとか、色んな感情を持って、意を決してロビーで寛ぐ名前の元へと向かう。勢い良く来た俺に何事かと飲んでいたお茶を机に置きながら尋ねた。
あ、上から見下ろすとちょっとブラ見えそう。


「じゃなくて………峰田とデートしたんだって?」
「うん。あ、俺ともデートしろって?」
「だ、えっ?、ぁ、は、話が早くて何よりです……」

俺の意気込みとシュミレーションを一瞬で瓦解させる名前。ほんとに変なところで勘が良くて、勝てねぇって一瞬で思わせる。爆豪とは違った方向性で天才だ。
けど俺がしどろもどろになっているのを楽しそうに笑ってるのを見ると、あぁ好きだわと俺は思うのだ。乙女かよ、俺。

「あはは、で、いつがいいとかある?」
「来週の日曜日とかどーよ」
「いいよ。どこがいーかな」
「や、実は先走ってチケットは予約しちまってんだよ」
「えぇ?」

思わぬ返答に目を丸くする名前。意表をついたって意味では何となく勝った気がする。先走ったってところでは格好悪いんだけどさ。そんなちっちゃなちっちゃな優越感を味わいながら、「靴はスニーカーの方良いかも」とだけ伝えて、行き先は明かさないまま逃げるようにその場から立ち去った。




「まさか遊園地とは」
「想定外だろ?」
「スニーカーって言うから、公園でバスケとかスケボーとかストリートな感じかなって」
「なんかイメージ古くね?」
「上鳴のチャラいのを加味してるよ、これでも」

だから王道すぎて驚いてんの!と語気強く言いながら、少しだけにやけている名前。良かった、当たりみたいだ。話を聞くと前の学校近くには遊園地は無いらしく、まさに僥倖だったようだ。

「じゃ、行こーぜ…あ、」
「ん?」
「いや、今日ってデート…じゃん?」
「なんか、そんな改まって言われると照れるんだけど」
「俺だって恥ずいわ」
「ふふ、で、どしたの?」
「デート、なので、手繋いでいいですか」
「"まだ"付き合ってないから、ダメ」
「生殺しかよ…」
「あははは」


期待させるようなこと言って、狡ぃなほんと。それでも許してしまうから俺は勝てないのだ。段々大きくなって行くゲートを目指しながら、少しだけ早足の名前と同じペースで歩いて行った。それからくるりと振り返ると、手はダメだけどと笑いながら、

「電気、早く!」
「あ、名前…!」
「ふふ、なかなかデートっぽいね」
「っあー……ぽいじゃなくて、デートだっての!」

予想外の不意打ちに分かりやすく弾む心臓。単純すぎる自分に呆れながらさっきよりも小走りでゲートを潜った。



―――――――――――――――――――――


「やっぱ最初は絶叫っしょ」
「あのえぐれるやつ乗りたい」
「うわ、直角に登ってんじゃん…」
「重力凄そうだね」


「っはぁ〜……想像以上……!!落ちてからあんな急展開…!!」
「つーか名前まじ髪すげーことになってっけど」
「え、あっははは!電気もだよ!」

―――――――――――――――――――――


「すっげー…宙吊りのジェットコースターとか初めて見たわ」
「足、あんなに、ぶらぶらさせて怖くないのかな…」
「行ってみよーぜ」
「えっ、待って、ちょっと怖い…」
「大丈夫大丈夫!」



「大丈夫じゃなかったじゃん、ばか電気ぃ…!!」
「いやそんな腰抜かすとは…」
「立てない。抱っこ」
「はいはい」
「ばか電気…」
「可愛い可愛い」
「うるせぇばかアホ面脳内ミジンコ電気!」
「どんな悪口だよそれ」



―――――――――――――――――――――


「水系?」
「びっしゃびしゃだね、皆」
「うわー…すげぇな」
「白いの着てきたら透けてたね」
「名前、黒いのとか着てんなよ」
「すけべ」
「男はみんなすけべだ」
「透けてるのはアガるの?」
「めちゃめちゃな」


「くっそ…!カッパ意味ねェ位濡れてんだけど!?」
「靴までびちゃびちゃだね」
「あー…けどよ、」
「めっちゃ楽しかったね」
「あとでまた来るか」


――――――――――――――――――――


「このホラーな病院とか入る?」
「やだ」
「えっ、怖いの苦手だっけ?」
「苦手とかじゃないけど、時々猫が何にもないとこジーって見るから、それから無理」
「苦手じゃねぇーか…」


――――――――――――――――――――



なんだかんだ日本でも最大級な遊園地をたのしんで、気がつけばもう帰らなきゃいけない時間だった。いつの間にか夕日は落ちてきてるし、電車とバス乗り継ぐのも考えるとそろそろタイムリミットだ。


「最後に乗りたいやつあるか?」
「んーん。結構満足した」
「だよな」
「ありがとね、電気」
「いや、誘ったの俺だし」
「けど楽しかったよ。ありがと」
「おー……やべ、なんか今更照れてきた」
「なんで今なの」


カッコつかないなぁと笑う彼女。その笑顔は夕日に照らされてて、柄にもなく綺麗だなんて思った。

今日、このデートが終わったらきっと、何でもなかったみたいに彼女は振る舞うだろう。俺ばかりがドキドキして、焦って、恥ずかしくて。なんか、それはズルくね?こいつも俺の10分の1でいいから、余裕無くなればいいのに。俺のことで頭いっぱいになって、何にも手につかなくなるくらい。
そう思うのは俺の勝手な願い。傲慢だなと自嘲する。
けど。


「名前、」
「ん?え、あ……」


前を歩く名前の手首を掴んで振りむかせる。きょとんと気が抜けた顔で俺を見上げて、少しだけ開いた唇は何かを言おうとしていた。
その言葉を飲み込むように口付ければ、固まったみたいに名前は動かなくなる。唇を離して、目を見つめればぱちくりと瞬きをする彼女が映った。


「え、あ、びっ、くりした…」
「や、えっと、悪ぃ」
「あ、ちょっとジュース買ってくる」
「は?!このタイミングで?!」


俺の一世一代の行動に何にもないみたいに前を向き直した彼女。いやいやと再びこちらに向き直させれば、そこには


「顔、赤くね」
「うっさい……!だ、だって、いきなりは流石に!」
「照れてんの?」
「あー、うるさい」
「待って、ちょ、その反応は想定外なんだけど」
「しつこい!」


ぶりぷりと怒る彼女は以前頬も耳も赤くしたままで。こんな名前は初めて見たし、そうさせたのは自分かと思ったらなんだか俺まで恥ずかしくなってきて。情けないことにバスが来るまであんまり話はできなかった。いつもやられっぱなしの俺が初めてちゃんと主導権を握った瞬間だった。

けど、帰りのバスは疲れてしまったのか凭れ掛かって寝ている名前の熱い体温を感じながら少しだけ前進した名前のつかない関係に、今はまだこれでもいいかなんて頬をゆるめた。







           


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