なんつーかさ、悲しーんだよ俺は。

上鳴電気は今の心境をこう語る。
こんなにも頭の奥に靄がかかったようにイライラするのは初めてだった。爆豪の理不尽さ等に対するイラつきはよくあるが、それとこれとはまた違うもので。原因は赤黒名前の最近の様子によるものだった。

結局あいつの……名前の危機的状況を救うのは飯田じゃん?転校初日といい、看護師に1人呼ばれたときといい……
そうなのだ。実はあの時、俺はこっそりと飯田の後を着いて行って、病室の横に掛けてあるプレートに刻まれた名前を見て、知ったのだ。名前に必要なのって、俺じゃないんだと。
結構仲良い方だと思うんだけどなぁ、と頭を掻く。尾白とか常闇とか轟とかと比べれば。あくまで比較しての考察?だから、あいつがどう思ってるかなんて分からないけど。けど、一般的に見ても仲良いと思うわけ。だから俺があいつを救えたんじゃないかとか想像する。
あ、だめだ。そもそも俺合宿でマスクの奴に名前が攫われた時、一緒の部屋にいたのに何も出来てねーわ。あの時全然動けなかったし。

「非力かよ上鳴電気…」
「なに、独り言?」
「っわ!!なんでいんだよ!?」

寮生活初日の夜、風呂あがりにうだうだと共同スペースのソファでヤキモキしてたら、まさかのご本人登場に俺の心臓は正直に反応した。

「…ロビーにいちゃだめなの」
「いや良いですごめんなさい」

驚いて飛び出た俺の言葉に拗ねたように口を尖らせる彼女。手には雑誌を携えていた。隣いい?と聞いておきながら答えを待たずに座る名前に俺はドキドキしてしまうわけで。風呂上りのちょっと乾かしの甘い髪とか、うっすら濡れてる感じとか、パジャマはラフ派なのか、シンプルなスウェットとジャージ…それも短パン。こいつ分かってるよな、女子の脚が今時男子にとってどんな効果があるかって。分かってやってんの?こっわ。

「で、どうする?どこ行く?」
「へ?」
「上鳴が言ったんじゃん。ご飯行くんでしょ?」
「あ、あーー!いくいく!!」
「忘れてるし」

む、と顔を顰める名前は大層可愛い。3割増しくらいで可愛い。狙ってるのかと思うくらい。それにしてもこの俺が女子との約束を一瞬でも忘れていたとは。一生の不覚と言っても過言ではない。それ程までに思い詰めてるのか。
落ち込む俺の横で彼女は手に持っていた雑誌をぱらりと捲る。ヒーローの活躍がまとまったその本は、何度も繰り返し読まれたのか端々は少し破れかけていた。それを流し見しながら名前は俺に問いかける。

「行くとしたら次の日曜でいい?」
「あー、そうだな。名前なに好き?そこいこーぜ」
「……慣れてるね。ナンパ連勝中?」
「っ、ちげーよ!連敗してるわ!!」
「あぁ、誘い方だけレベル上がってるのか」
「うっせぇ!」

思わず声を荒げれば悪びれる様子もなく視線を雑誌に戻された。俺が女子をご飯に誘ってることを、まさか一言でそれも横目で見抜かれるとは思わなかった。内心ひやりと汗を流す。こいつ、観察力があるというか勘が鋭いというか。

そのくせ、何でもなさそうにパラパラとページを捲る。俺との飯の予定はこの雑誌と同じか、それ以下かと思うと面白くなかった。

それもそうだ。俺との約束って言っても、勝手に俺が言い出しただけで、あの時も名前は渋々という様子だった。それも原因はこいつが俺だけじゃなく、クラスの皆を避けたからで。特に俺とだけ約束するというのも変な話だ。そんなモヤモヤは気遣いという皮を被って嫌味になって顕れてしまった。

「……別無理しなくていいぜ。お前もそんな乗り気じゃないっしょ?」
「……お前"も"?」


あ、やっちまった


後悔した時にはもう遅いと言ったのは誰だったか。さっきと同じ様に顔を顰める名前。けど先程よりも顔に不快感が浮かんでいて。名前の瞳には俺は行きたくないという風に映ってしまっただろう。言い訳しようにも言葉が詰まってしまう。沈黙。名前はページを捲る手を止めた。

違うんだよ。俺はお前と飯食いたいし、一緒にいたい。けど何か、むかついただけなんだよ。俺のことも見ろよ。ちらっと見えたから知ってるんだよ。そのページ、インゲニウムの特集だろ?
似たコスチュームは嫌でも飯田を連想させるし、飯田と名前のあの関係性は言葉に出来ないけど、俺の入る余地は無いって知ってる。だから、

言葉に出来ない気持ちで再び悶々と考え出した俺の頭には名前の呼びかけは入ってこなくて、肩を揺すられて漸く我に返った。

「…っ上鳴ってば!」
「へ?!」
「今日なんか変だよ?態度も言葉も」
「あ、いや、つーかごめん!!」

ガキ以下の八つ当たりをしてしまったと素直に謝れば、気にしていないと微笑まれる。先程の傷付いた顔の名前はどこかへ行ってしまったかのようにケロリとしていた。

「まぁ多少は傷付いたけど」
「ほんとわりぃ…」
「いーってば」

それよりも、と名前はにやりと口を歪める。この顔、訓練の時によく見る顔だ。最初にこの顔を見た時は、いつだったか。もう遠い昔のようで、時間の早さを感じた。

「雑誌に夢中だから怒ったの?」
「はっ?!」
「当たりかぁ」
「いやいや調子乗るなって!」

悪戯っぽく笑う彼女はやっぱり狡い。それからすぐに、「話してるのに雑誌見てるのは失礼だったよね、ごめん」と素直に頭を下げる名前。拍子抜けしてしまうではないか。

「上鳴と気まずいとか嫌だし、許してくれる?」
「……はぁ…お前ほんと……分かってやってるよな?」
「あ、ばれた?」
「そんなん言われたら許すしかねーし。つか怒ってもないって」
「ふふふ、でも、気まずくなるの嫌なのは本当だよ」

だから、ごめんと微笑む彼女
その笑顔を見たら、自然と感情が湧き上がった。

あ、俺こいつのこと好きだ


そして解けるモヤモヤの正体。単純な話だった。

「あ、あぁー…そういうことかよ……」
「えっ、いきなりどうしたの」
「あー……なんでもねぇー……」
「えぇ?全然何でもなさそうじゃないって」
「いやだから…」

俺が飯田に対してもやもやするのも、ムカつくのも、全部ただのやきもちで。それも非常口飯田に対して!

そんなこと言えねぇし!

胸の奥にストンと落ちた気持ちは一気に俺の顔を染め上げた気がするし、情けないやら恥ずかしいやらで言葉は何もでてこなかった。名前はきっと話している間にも雑誌を見ていた事に対して俺が怒ったのだと思っているだろう。

「で、どこいく?」

今度は雑誌を閉じながら、俺の眼を覗き込みながら問う名前は恋心を自覚した俺には威力が強すぎる。いきなり可愛く見えるのは恋の効果なのか、心臓はやけに音を立てる。
こんな状況でも外側に意識は向くらしく、目の端には雑誌が入りこんだ。今更気づいたが、表紙にもインゲニウムが映っていて、顔を真っ赤にして情けない俺とは対照的な彼にまだ勝てないなと感じた。



           


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