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ヒーローを目指す人間は大なり小なり正義感を持っていると思う。誰かを救いたいとか、力になりたいとか、悪を倒したいとか。私の身近には高額納税者ランキングに名を刻むのを目標?にしている奴もいるが。中々に珍しいタイプだと思う。あぁ、そういえばヒーローになってモテたいという奴もいた。私の周りは例外ばかりだが、とりあえず、正義感あるというのは間違えていないと思う。それは私自身にも当てはまると思う。
何を言いたいかというと、その正義感のせいで面倒なことになっています。

「なぁ雄英生?ちょっと位良いじゃん?」
「君のせいで女の子逃げちゃったし」
「お兄さん達が嫌だから逃げたんだと、思うけどなぁ」

土曜の夕方。学校終わりに何となく買い物に出てみたら、女の人が2人組の男に絡まれていた。周囲の人たちは見てみぬふりで、何てことだと息を吐く。しかしそれもそうだ。男は2人とも体格が良く、如何にもパワータイプといった姿だった。関わりたくないと思うのは当然といえば当然だと思う。
そこで沸き上がってしまったのは、私の中の正義感。体の動くままに止めに入ってしまったのだ。そして、事件は起こる。何と絡まれていた女性が私に気を取られた男たちの隙を見計らい、一目散に逃げていったのだ。これには私も男らもびっくりである。なんならその速さは飯田くんもびっくりな速さで、最初からその個性で逃げろよと眉を顰めた。そして当然のごとく、男たちは狙いを私に向けたのだった。

「いーじゃん、俺楽しいお店知ってるよ?」
「いやいや高校生に手出したら犯罪だよお兄さん。ヴィランになっちゃうよ」
「それはやだなァ。けど合意の上ならセーフじゃない?」
「アウトだよ」

こんな問答を数分間続けている。個性を使えばこんな奴ら一瞬なんだろうけど、公共の場での個性の使用は違法だ。私が犯罪者になってしまう。我慢我慢と自分を抑え、どうにか切り抜けられないか考えているうちに、先に痺れを切らせたのは向こうのほうだった。

「あーめんどくせぇ、力ずくでいいっしょ」
「だな」

そう言うと無理矢理首に腕を回される。私の頭の中にはあの時の映像がフラッシュバックするように流れた。


『やぁ、赤黒名前』


以前、死柄木弔に植え付けられた恐怖を思い起こすには充分だった。身体は嫌でも固まった。その隙に腕も掴まれてしまう。護身術だって習っているはずなのに、恐怖は体をこんなにも不自由にするのか。失態も失態だ。

「っ、ちょっと、やめて!」
「あーうるせェー」

気怠そうな声のくせに、首に回る腕の力は中々に強くてどうしようかと焦る。こんな時にヒーローは近くにいないし、周囲の人は依然我関せずだ。なんならさっきよりも人は少なくなった気がする。助けを呼ぶことはできない。正当防衛なら倒してもいいだろうか。いやでも一般人を傷つけるのは…
悩んでいる内にぐいっと路地裏の方へと引っ張られる。頭の中には嫌な想像がぐるりと巡った。


「おい、何してんだよ」
「は?」
「え、あ、爆豪だ…」
「んで泣き虫女てめぇが…」

突然こちらに声が投げかけられた。かと思ったら、何と爆豪勝己が足を止めてこちらを睨んでいた。その姿に私は情けない声で彼の名前を咄嗟に呟いていた。いつの間にか目の縁には涙が溜まっていたらしく、ひと粒だけこぼれ落ちて頬に線を描いた。

「絡まれてんのかよダセェ」
「う、るさい」
「俺ら放っておいてヒーロー登場って感じ、やめてくれるー?」
「つか、どっかで見たと思ったら体育祭で1位だった奴じゃん」
「あのめっちゃ拘束されてた奴かー!」
「あ゛ァ…?」

あ、キレそう

その想像通りというか、運良くなのか、運悪くなのか。爆豪の地雷に見事に触れた男達は爆豪が手のひらを軽く爆発させただけで一目散に逃げていった。思っていた以上に小物だったみたいだ。
掴まれていた腕の部分は少しばかり赤くなっていたが、痛みはあまり感じなかった。


「……ごめ、ありがとう」
「別にてめー助けたわけじゃねぇわ死ね」
「はは、そういうと思ったわ……」

お礼を伝えながら、じゃあまた寮でと手を振る。笑顔は自分で見えないけれど、ぎこちないものだったと思う。爆豪は眉間にシワを寄せていたが、私は足早にその場を立ち去ってしまいたかった。

はっ、はっ、と息を切らしながら我武者羅に走ると誰もいない小さな公園が目に入った。端にあるベンチに腰掛けてようやく息をつくことができた。
情けないなぁ……
雄英に入ってから何回こう思ったのだろう。自分を呪う回数は格段に増えた。
まさかあんな小物2人に体が動かなくなるなんて思わなかった。実践不足というか、トラウマというか。腕を回された首にそっと触れる。呼吸のために上下するだけで、全く痛みなど無いのに。咄嗟の判断ができないなんて、ヒーローとしてやっていけるのだろうか。


「おい」
「わ、びっくりした」
「てめぇ、ほんとにヒーロー志望かよ」
「……後ついてきたの?こわ…」
「んなわけねぇだろ死ね」


デジャヴだろうか。休んでいた先で足音がしたと思い顔を上げれば、そこには少しだけ汗を浮かべた爆豪がいた。掛けられた言葉はシンプルに私の心を抉るから、話を逸らしたくて爆豪を挑発するように行動を問うた。
瞬間、ガン!と大きな音と振動がする。爆豪がベンチに足を上げたのだと気付いた時には彼の顔が思いの外近くにあり、柄にもなくドキリとした。

「お前、仮にも俺を出し抜いてんだろ。小賢しい作戦とはいえよ」
「………」
「ザコ2人にビビってんじゃねーよ。殺すぞ」


……これは、彼なりの激励なのか。いや、本心で自分に勝った相手がダサいとこを晒したものだから怒っているのだろう。爆豪らしくて緊張で固まっていた体から一気に力が抜けてしまった。なんだか笑えてくる。

私は何に怖がっていたのだろうか。死柄木弔に再び襲われたわけでもないのに。爆豪の言葉を借りれば、ザコ相手に、体育祭1位の裏をかいたこともある私が。

「は、っ、あはは」
「んだよきめェ」
「ふふ、なんか笑えてきた」

いきなり笑い出した私に訝しんだ顔をして舌打ちしながらその場を立ち去ろうとする爆豪。
いつもの私ならしないんだろうけど、何故か何でもできそうな気がして。背中を向ける爆豪目掛け軽く助走をつけて飛びついた。彼は少しだけ前にグラつきはしたが、すぐに持ち直す。さすが。

「な、にすんだてめェ!」
「ふふ、後ろがガラ空きだよ爆豪くん」
「降りろ、今すぐ殺したるわ」
「ねー、帰りにアイス食べようよアイス。がりがりくん」
「聞いてんのかてめぇ!」

なんだかんだ言いながら引きずり落とそうとしないから、面倒見が良いのかもしれない。面倒見が良い爆豪とかめちゃめちゃ面白い。しかし体を支えてくれるわけじゃないから、彼の腰に無理矢理足を絡めているのだけれど。あ、これ後ろから見たらパンツ丸見えかな。それに意外と体力使う。落ちそう。

「落としたら公共の場での個性使用を相澤先生にチクります」
「てめぇ…助けてやったのにその態度は何だクソが」
「えー、さっき助けに来たわけじゃないって言ってたじゃん」
「チッ」
「やばい爆豪落ちそう。脚持って脚。がんばれヒーロー」
「テメェ調子のってんじゃねぇぞ」

悪態をつきながらもなんだかんだ乱暴に足を支えてくれる爆豪。さっきよりも体勢は安定した。高校生にしてはしっかりとした体つきの彼は私なんかじゃもうびくともしないだろう。
夕陽は随分と傾いたのに、肌にまとわりつく暑さはじんわりと汗を呼んだ。それは爆豪も同じみたいで、首筋に掻いたうっすらとした汗は、そういえば声をかけられた時にも既にあった。あり得ないけれど、その汗が暑さではなく私を探しに急いで走ってきたからだとしたら、なんて想像してくすぐったくなって、ふふふとまた息を漏らした。


           


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