床に一升瓶が2本転がっている。リリアンは少し酒の回った頭で『歩く時あぶねぇな』と思ったが、手に持ったコップにまだスコッチが入っていたのですぐさま考えるのをやめた。 ソファの隣に座っている隆弘は本日3本目の一升瓶をカラにして、ぼんやりと部屋の明かりをみつめている。リリアンがやっと700mlのスコッチを空けたところで隆弘は5.4Lの日本酒を胃袋に押し込んだということになる。ザルだ。心なし顔が赤い気がする。これで酔っていないなら西野隆弘という男は人間ではない。 日本人が酒に弱いという通説は是非とも覆されるべきだとリリアンは思う。思って、そういえば隆弘はハーフだったと気がついた。 彼女がソファの上で膝を抱え大人しくスコッチをちびちび飲んでいると、横にいた男がのそりと立ち上がる。 195cmの巨体を、リリアンはソファに座ったまま見上げた。 「どったの」 「……便所……」 転がった酒瓶を器用に避けていくあたり完全に酔ってはいないのか、それとも完全に酔っているからこそ避けられるのか、判断に困る。手に持ったタテゴトアザラシのデフォルメぬいぐるみがいやにシュールだ。 フラフラと歩いて行く隆弘に、リリアンは軽口を叩く。 「……コケて便器に顔つっこむんじゃねーぞー」 やはりというか、返事はなかった。 1分弱でまたフラフラと帰ってきた隆弘がソファに座る。リリアンのすぐ隣だ。肩に暖かい重みがある。タテゴトアザラシのぬいぐるみが床の一升瓶に乗っかった。 リリアンの肩にかかる重みがゆっくりと増していく。隆弘の体重は82kgだから当然リリアンには支えきれない。結果として彼女の身体はソファに沈み込むことになった。 「隆弘ー、重いですー」 「おう」 「おう、じゃねぇよどけよ」 「断る」 「まじか」 隆弘の腕がリリアンの肩にまわる。もう一方の腕が腰を掴んだ。それが明確な意図を持って身体のラインをなぞってきたので、リリアンは眉を顰める。 「おい、隆弘」 コバルトグリーンの瞳がまっすぐにリリアンを見据えていた。腕の力が強くなる。思わず仰け反ると、その分だけ隆弘も身体を寄せてきた。酒が零れそうだ。とりあえずグラスをどっかに置いといたほうがいいな、と頭の冷静な部分が訴える。自分の身より酒の心配をしている分、むしろ冷静ではない部分なのかもしれない。 端正な顔つきの男がぐっと近寄ってきてリリアンの耳元に息を吹きかける。 「別にとって食いやしねぇよ」 その声が異常なほどの色香を含んでいたので、リリアンは即座に『あ、こいつはガチでヤバいな』と悟った。 床には酒瓶が転がっていて、2人とも酔っぱらっている。このままは危険だとリリアンの理性が訴えていた。勢いに任せたら痛い目にあうパターンだ。隆弘の目に理性が見えない。珍しくハイペースで酒を飲み干し、酔っぱらったのが大きな原因だろう。 そういえば酔っぱらってるのを見るのも初めてだな、とリリアンの冷静なんだか混乱しているんだかわからない部分が小さく囁いた。 彼女がぼんやりと視線をさ迷わせている傍らで、隆弘はリリアンの耳に口付ける。 ピクリとリリアンの身体が揺れた。色づいた女の唇から抗議の声が漏れる。 「おい、アウトだろ」 耳に口付けた状態のまま、隆弘は笑った。 「いや、セーフだぜ」 「どこらへんが」 「いれてない」 隆弘の言葉を聞いてリリアンが口をへの字に曲げた。 「なら、いれたら訴えていいんだよね?」 「おいおい、冗談だろ?」 隆弘の低い笑い声がして、湿ったものがリリアンの耳をなぞった。口づけされた時よりも大きくリリアンの身体が揺れる。 「ひぅ!?」 耳もとでまた隆弘が笑う。 「イイ声で啼くな」 妙な声を出してしまった気恥ずかしさもあって、リリアンは眉をひそめた。 「百回聞いたような台詞だぞ。エロ同人かよ」 「なんだ、ルーベンにでも言われたのかよ?」 隆弘の声がすこし低くなった。リリアンはわざとらしく口を尖らせる。 「それ、普通触れないようにするもんじゃない?」 「俺に手が出せねぇ領域なんてあるわけねぇだろ」 「だからお前友だち少ないんだよ!」 「天才はいつの時代も理解されにくいもんだぜ」 「お前が人の気持ちを理解しようとしないだけだろ!」 「いいからお前ちょっと黙ってろ」 また男の舌がリリアンの耳をなぞった。 「ひゃっ!」 「あぁ、啼くのは別にかまわねぇぜ」 今度は耳朶を軽く噛まれ、外耳道に湿った舌が入り込んでくる。背筋にゾワゾワと妙な感覚が走り、手から力が抜けた。 ガチャン、とやかましい音がする。リリアンの手からグラスが滑り落ちて酒が床に飲まれていた。 「あー……もったいなーい……」 リリアンが思わず床に手を伸ばすと、その手を隆弘に掴まれる。耳に口をつけて直接流し込むように言葉を吐き出された。 しおりを挟む目次 戻る [しおり一覧] |