君はリリーを知っているか?


「本当にお姉さんが苦手なのね」

「研究の助手まで任されて、すごく目をかけてもらってたって聞いたわ。よく、相談もしにいってたわよね」

「……うん」

「私なんかよりずっとショックだと思うわ。でも2ヶ月もずっと落ち込んでたら身体に悪い。リリアンにまでなにかあるのは嫌よ、私」

 女が思わず息をのむ。ドリーはあいかわらず穏やかな口調で彼女に語りかけてきた。

「だから、ね? 今でも精一杯明るく振る舞ってるのは知ってるわ。だけど、とにかくご飯は食べましょう?」

 リリアンの手がスコッチのグラスを弄ぶ。中に入った液体が少し波打った。

「……そう……そうだね……ごめん。心配かけて」

「ううん。私こそ無理やりこんなところに連れてきてごめんなさい」

「いいよ! 私も行くっていったし、静かなパブより気分転換になるもん!」

 ナイトクラブにはダンス・ポップが大音量で響いているから、暗い気分になるのを力業で妨害してくれる。薄暗いダンスホールは色とりどりのライトがグルグルまわっていて、理性も平衡感覚も狂ってしまいそうだ。酒とタバコと化粧と食べ物のニオイが混じり合い、人の熱気に満ちている。お世辞にも過ごしやすいとは言えないが、人の気分を高揚させた。

「じゃあ私もせっかくだからジャックド・ポテト頼んでくる!」

「そうするといいわ」

 ドリーの口元に笑みが浮かぶ。リリアンは一度テーブルを離れてカウンターに向うと、ドリーと同じ品物を注文し、皿を持ってテーブルに帰ってきた。それからお互いに笑ってビールとスコッチを飲み、しばらくとりとめのない話をする。

「そういえばリリアン、今日アナタのお姉さんから手紙来てたわよ」

 リリアンが渋い顔をした。

「え? あー……そうなんだぁ……」

「また会いたいから実家に帰ってきてって内容じゃないの? メールこなかった?」

「んー、来た気がするけど、こっちも忙しいし、あっちも忙しいだろうから、つい忘れるんだよね。アメリカ住んでるってのにちょくちょくこっち帰ってくるバイタリティはどこにあるんだろ。なんの仕事してるのかよく知らないけどさ。ケンブリッジの主席様が考えてることはわからんちん」

 ドリーがビールを一口飲んでからフフ、と柔らかく笑う。

「アナタだって成績優秀者スコラーじゃない」

「むこうとはデキが違うのー! 卒業試験全教科満点だってよ?」

「さすがにウソじゃないのそれは」

「えーどうだろーやりかねないと思うね私は」

「本当にお姉さんが苦手なのね」

 それからドリーはポテトを少しだけ食べてリリアンの顔を見る。リリアンのほうはドリーの手もとに視線を向けた。

「じゃあ帰ってこいって言われたら『同居人が風邪引いて面倒みなきゃいけない』とでもいっときなさい。なんとかなるでしょ。おばさんからこっちに連絡が来たときは口裏あわせるわ」

 リリアンの顔がパッと明るくなり弾んだ声が出る。

「本当!? ありがとうドリー! うちの親説教臭くてさぁ!」

「いいわよ。困ったときはお互い様だもの。あとで解剖学のノート見せてね」

「それくらい喜んで見せちゃうよー!」

 ドリーの手もとにあるポテトの皿を見てリリアンが笑った。ドリーの口元にも笑みが浮かんでいる。
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