時間を止めて、未来に別れを

 「待てと言っているだろうが!」

 そんな大声で叫ぶな。聞こえているっつーの。



  時間を止めて、未来に別れを



 今日の仕事は終わり、買い物でもして家に帰ろうと商店街をぶらついていた時。

 「見つけたぞ、屑」

 何処かで聞いたような声がした。
 でも私の事じゃない。私の名前は屑じゃないもの。人違いをしていらっしゃるのね、と思い無視させていただいた。

 「おい」

 てくてくてく。
 今日の夕飯何にしようかな。あ、林檎が美味しそう。

 「おい、ちょっと待て」

 一人暮らしだとどうしても材料余っちゃうのよねえ。この世界家庭向け冷蔵庫はないし。

 「おじさーん、玉葱とタラちょうだい。あとそっちの林檎も」

 キノコは昨日買ったのがあるから、それを使ってホイル焼きにしよう。うん。お金を払いおじさんから商品を受け取り、家路に向かう。

 「待てと言っているだろうが!!」

 さっきから五月蝿いなこいつ。

 「この屑無視するな!」

 ぐい。肩を掴まれた。ああもう鬱陶しい、屑なんて人に使ってはいけない言葉だろうが。お前の人格を疑われるぞ。ほら、周りの人間もドン引きしているじゃないか。

 返事どころか振り返ろうとしない私に業を煮やしたのか、あろうことか勢いをつけてまるでぶつける様に肩を掴みやがった。と同時に私はかなーりムカついていたので、その男の腕を掴んでその力を利用して放り投げちゃった。てへ☆
 下は固い地面だし、モロだと命に関わってくるので手加減はしたのだけれど。うん、腕鈍っていない。おお、流石元神託の盾騎士団特務師団長。綺麗な受身。

 あら、呆気に取られている。信じられないって顔だわありゃ。ああ、そういえば私体術は師範クラス、充分実戦で通用する事誰にも教えていないんだったわぁ。剣ばかり使っていたものね。ほほ。

 ちょっと周りの視線が痛かったので―兄ちゃん、嫌がっている女に無理を言っちゃいけないよ、とその場で商売をしているおじさんに言われていた―私急いでいるから、とそそくさと立ち去った。多分また会えるだろうから。住んでいる家も把握しているでしょ。

 その私の予想は外れておらず、その後真っ直ぐに家に帰り夕飯を済ませた後、ドアを乱暴に叩く音がする。つか、こいつ静かに行動する事出来ないのかよ。近所から苦情が出たらどうする。つくづく社会不適合な男だなぁ。

 「どちらさまでしょう?」
 「どちらさまもクソもねぇだろうが」

 お前貴族だろう。後数年もすればナタリア王女と結婚してキムラスカの王になるのだろうが。そんなチンピラみたいな言葉遣いはやめろ。癖になるぞ。手遅れかもしれないけれど。

 「はいはい、もっと声を小さくしてね。此処壁が薄いんだから筒抜けなのよ」

 護衛の白光騎士団は表で待っているように言う。おや、私の顔を見てちょっと複雑そう。それはそうか、ほんの数ヶ月前まで私が主の一人だったものね。

 「適当に座ってて。お茶入れてくる」

 ・・・何か大人しいぞ。緊張していないかオリジナル。ああ、あれか。初めて彼女の家に来た彼氏みたいなものか。

 「何固くなっているの。はいお茶。口に合わないかもしれないけれど」

 ファブレで何気なく出されているお茶は特級品。流石王族、とてもじゃないが一人暮らししている私には手が出せない代物だ。そういったものに接している彼には、私が出したお茶など不味くて飲めたものじゃないだろう。贅沢に慣れるのは早いものね。

 とりあえず彼は一口飲み、カップを置く。
 おい私に話があるのだろう、早く話せ。間が持たないではないか。

「ヴァン捜索にキムラスカとマルクトが動き出した」

“ルーク”が切り出した。

 「お前は気にならないのか」
 「気にならないといえば嘘になるけれど。私ずっとファブレで軟禁生活だったのよ?軍人として訓練を受けた訳じゃない。あなたダアトでは軍人、しかも六神将の一人に数えられていたほどの腕じゃない。私はね、ヴァンの手を抜きまくった剣術しか身に着けていないの。あの外殻降下作戦が限界。もう無理」

 降参、という風に手を上げる。

 「それにもう私はファブレの人間じゃないから、自分の食い扶持は自分で稼がないと」

 そう言うと、ルークの顔色が変わる。

 「俺は過去を捨てた!ルークという名前も全部!!」
 「はいはい。でもそう言っているのは本人だけで、周りは誰も認めていないでしょう?現に私はファブレを追い出された訳だし」
 「そんなの俺は認めていない!お前が勝手に・・・」

 「あのね、何でもかんでも私の所為、私が悪いって決め付けないでくれる?公爵からはっきり言われたのよ。ファブレにルーク、つまり子供は二人も要らない。ファブレの子として認めたのはオリジナルルーク、あなただけだってね。現にルークと名乗るなと言われたし、手切れ金も渡された。バチカルの屋敷を出た瞬間、ファブレとは全く縁も所縁もない人間だとも」

 私の言葉に彼の顔が一瞬で真っ青になった。
 多分、私が周りの制止の声を振り切って強引にファブレを飛び出し、渋々公爵がそれを認めたとでも考えていたのだろう。己の父親が、今まで子供と思って育ててきた人間をあっさりと追い出す事の出来る、非情な人間だと思いたくないだろうし。
 というより、公爵の話を碌に聞かずバチカルを飛び出してきたんじゃないかな、こいつ。

 「ルーク。私ここに来て職も決まって一週間ほどたってからファブレに葉書を出したの。住所は書かなかったし、名前もイニシャルだけにして。字を見れば私だと分かるだろうから。多分ファブレに届いてもう二週間以上経っている。消印からケセドニアからと分かるでしょう。でも何の反応も無かった。ジェイドが来たけれど、彼は己の力で私を探し見つけたのだし。ファブレ関係者で私を訪ねて来たのはあなたが初めてです」

 「!」

 私は意図的に口調を変える。

 「ひょっとしたら影に隠れて私を見ているのかも、と思っていました。それかケセドニアに駐留しているキムラスカ軍に頼んでいるとか。でもそんな気配は全く無い。これらの事から母上、いえシュザンヌ様も納得されている、つまり公爵と同じ考えなのだと私は判断しました」

 あ、自分で言っていて涙が出そう。
 彼愕然としている。母親も、とは流石に頭に無かったのだろう。

 アッシュ、あなた奪われたとか散々私を貶していたけれど、それはただの誤解、あなたの勝手な思い込みだった。あの場所はずっとあなたのもので私のものなど一つもない。例えるならオフシーズンの別荘を管理している管理人みたいなもの。

 「それからこれも言っておきます。あなたはオリジナルで私はあなたのレプリカ。それだけであなたの方が圧倒的優位の立場にあります。その上ファブレ公爵子息、次期キムラスカ国王の意向ともなれば私に断る権利など存在しません。断った時点で不敬罪となります。これはナタリア王女にも言える事ですが」

 呆気に取られた表情のまま彼は私を見つめる。

 「どうしても私の力が必要であるならご命令を。それならば、私はキムラスカの民、一臣下としてその命に従います」

 今までは何だかんだと言いつつ、自分はファブレ家の令嬢―表向きは子息だけれど―と公に認められていたから、アッシュに対し口答えも出来たし反論も出来た。しかし今は違う。私は貴族でもなんでもない、只の一般人。

 「ル、ルーク、俺は・・・」
 「私はルークではありません。ルークはあなたでしょう。それに私の名前はシアと申します。次からはそうお呼び下さい」

 そう言うと私は“ルーク”に向かって深々と頭を下げた。彼がこの部屋に入って来てから、私が立ったままなのは何故か、彼は気が付いているのだろうか。

 「このような身分の低い人間、しかも妙齢の女性とこれ以上話すのはご身分に障りがあります。あなた様は次期キムラスカ国王になられる大切なお方。そのお立場をご理解下さいませ」

 私は部屋のドアを開けた。

 「どうか私の事はお捨て置き下さい。高貴なお方が掛けてよい情けなどございませぬ」

 さあ、と出口を指し示す。ルークはよろよろと立ち上がった。抵抗や反論する余裕などないのだろう。促されるまま外に出る。

 「ではごきげんよう」

 私は彼に一礼し扉を閉めた。