「ルーク様、旦那様がお呼びです」
親善大使として、アクゼリュスへ出発しようという時、白光騎士団の一人からそう云われた。
使命
「なんだよ、これから出発っていうときに」
ルークがぶつぶつと文句を言った。
「仕方ないだろう。待っているから早く旦那様のところに行ってこいよ」
ガイが宥めるようにルークに云う。
「ちょっと行ってくる」
流石に公爵の命には息子といえど逆らえない。不機嫌を露にしながらも、呼びに来た騎士の後を大人しく付いていった。ただジェイドだけが、無言でその後ろ姿を鋭い目つきで見つめていた。
「父上、只今参りました」
ファブレ公爵は外の景色を見るように立っていた。ルークが部屋に入ってきても、振り返ろうともしない。そして、確かにそこに立っているのに、ルークから人の気配というものが全く感じられなかった。
「要件のみ伝える。ヴァン抹殺の依頼があった」
ルークは自分の敬愛する師匠の抹殺と聞いても、顔色一つ変えない。
「意外と遅かったですね」
「ああ、実は少し前に過激派をよそおって仕掛けてみたのだが、失敗した」
それを聞いてルークが訝しげな顔になる。
「そのような事があったのですか?初耳です」
「ああ、これはダアトの方でも一部のものしか知らない。思ったよりやっかいだ」
ヴァン謡将といえば、ローレライ教団でもかなりの高位の人間だ。内外に敵も沢山いる。その人物の命が狙われたとしたら、どのように隠しても漏れるものだ。それが分からないとなれば、かなり情報統制が行き届いている、ということになる。つまり、情報があってもそれが本物か偽物か区別が付かないということなのだ。そのような状態でことを仕掛けるにはあまりにも危険すぎる。
「だから、俺に、ですか」
「そうだ、アクゼリュスで、だ」
必ず仕留めろ。
幸い、ルークはヴァンのことを盲信していると思われている。それを生かさない手はない。
「御意」
ルークは簡潔に答える。その言葉に迷い等全く感じられない。
「それともう一つ」
「?」
「ティア・グランツが旅に同行することになった」
その公爵の言葉を聞いたルークは自分の耳を疑った。
「何故です!!本来なら即死罪になっても可笑しくないでしょう!?一体どういうことです!」
「陛下も最初はそのつもりで教団に抗議をするつもりだった。だが」
「大詠師モース、ですか」
ルークは忌々しげにはき捨てた。
「アクゼリュス行きに同行させると。陛下も預言のことはご存知だ。死刑判決と受け取られたのだろう、然程時間もかけず了承された」
ファブレ公爵の言葉にげんなり、といった様子で答えを返す。
「処刑場に自分の足で行くことになるのですしね。知らないのは本人ばかりなり、ですか」
モースはティアに「ティア、お前は罪を犯した。だが、その罪はルーク様と共にアクゼリュスへ行く事で償われる。だからアクゼリュスへ行け」とでも説明するだろう。ああまた彼女が勘違いをしてしまう。
「兎に角、これは命令だ。逆らう事は許されぬ」
ルークは頷くことしか出来なかった。礼儀に反するがこの際勘弁してもらいたい。
自分はこれからいくつ溜息をつかねばならないのだろう。
「ところで、アッシュはどうだった?」
少し躊躇いがちに公爵が尋ねてきた。ルークがハッとなり、慌てて取り繕った。
「元気でしたよ。公爵に似て曲がった事がお嫌いな方のようでした」
俺の顔を見たら感情を押さえられないようで、喧嘩売られましたけれど。感情的なところを控えれば、キムラスカのよき後継者となられるでしょう。
冷静にルークは答えた。
「そうか」
皆が待っているであろう、行くが良い。
「では、失礼致します」
ルークが部屋を退出する。しばらくして屋敷が賑やかになった。ルーク達が出発するのだろう。
何を話しているかは想像が付く。
ルークは「うざったい」だの何だの愚痴をいって、それをガイに宥められているのだろう。誰も、ルークがファブレ公爵とヴァン抹殺の話をしていたなど思いもすまい。
そう、これは誰にも知られてはいけないことなのだ。
ファブレ公爵は、何事も無かったかのように部屋を出た。見送りに行くのではない、単に登城の時間が近づいたからである。
キムラスカの重鎮であるファブレ公爵には、迷っている暇などない。
それが例え、人々の屍と引き換えになろうとも。自分はとっくに血塗れているのだから。
あとがき
殺人を生業としているルークです。