察知

 ジェイドから視線を感じる。そしてそれは、友好的とは云い難い。
 ルークはずっと気づかないフリをしていた。



  察知



 チーグルの森で会話を交わして以来、このままの状態が続いている。

 ちょうど一年前だ。いつもと内容は同じ(ただ殺す場所と人間が違う)ある町で抹殺の任務をした時である。そこでジェイドと少し遣り合ったのだ。
 その当時のジェイドの副官がターゲットだったのだが、時間も差し迫っていたこともあって、そのジェイドのいる前で殺ったのだ。
 ターゲットと一緒に始末してもよかったのだが(自信はあった)、後始末の方が面倒だから、なるべく死霊使いは殺すな、と言われたのを思い出して、取りやめたのだった。

 (やっぱりあの時始末した方がよかったか?)

 プライドの高い彼の事だ。手も足も出ず、好い様にあしらわれた事は何よりの屈辱であったであろう。おそらく次に逢った時は倍にして返す、と心に誓ったに違いない。

 声色を変えていたとはいえ、二言三言言葉を交わしたのだ。勘のよい彼のこと、声が同じ―つまり同一人物―であることには気が付いているだろう。マルクト皇帝の懐刀と評される彼が、外面がいくら我侭お坊ちゃんだからという理由で、見誤る筈はない。
 何も知らないティア達は、ジェイドがルークに対して、冷たい態度を取るのはルークのあまりの我侭に呆れている、と考えているらしい。いくら自分は対象外といっても、ルークに向ける視線に殺気が篭っていることくらい、気が付いて欲しいものだ。ローレライ教団の情報部はそんなにレベルが低いのだろうか。

 (このまましらばっくれるか。証拠はないんだし)

 どうせ、アクゼリュスに着くまでだ。
 ヴァン抹殺と、ナタリアの護衛。そしてもし合流するならば、アッシュの護衛も任務に入っている。(ちなみに、導師イオンは余裕があったら、その他はどうでもいいらしい)

 このままだと、ヴァンとはアクゼリュスに行かないと会えそうにない。彼も用心しているのだろう。

 目的地に行くまでに六神将の妨害はあるだろうが、それは形だけだろう。ヴァンは預言通りアクゼリュスを崩壊させたいのだから。問題があるとしたら・・・。

 (アッシュ、オリジナルルークの妨害、だな)

 彼はヴァンと違って、アクゼリュスの崩壊を止めたいらしい。らしい、というのはアッシュの、今までの自分に対する態度があまりにも敵意に満ちている為、ルークにも確信が持てないのだ。ただでさえ、感情的に流されやすいようであるのに、自分の顔を見たら、沸点が急激に下がるのは何とかして欲しい。どれだけ氷水を頭からぶっ掛けてやろうと思ったことか。自分が譜術を使えたら、確実にスプラッシュを唱えている。絶対に。
 出発前に、ファブレ公爵にアッシュの事を聞かれてああ答えた手前、こちらも多少なりともフォローしたいのだが。

 (頼むから少しは冷静になって空気を読んでくれ)

 悲劇の主人公を演じている彼に、自分の考えは伝わらないだろうけれど。


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 何とか導師イオンを救出し、ケセドニアにやって来た。かなりの強行軍ではあったが、“我侭な親善大使の言うことだからしょうがない”と皆は納得したようだ。今までお坊ちゃんを演じていたが、ここまで楽に事が運ぶとは思わなかった。こうも上手く騙されてくれるとは(マルクトの軍人以外)。
 ケセドニアに急いだのは訳があった。イオン救出前に立ち寄った、ザオ砂漠のオアシスで仕事の依頼があったのだ。

 ターゲットはケセドニアで雑貨屋を経営している中年の男。この男は裏で人身売買をやっていた。
 キムラスカでもマルクトでも一応、人身売買は禁じられてはいる。が、抜け道は幾らでもある。表向きは貴族の家に奉公、だが実際は色町で春を売る。別に特別なことではない。そうしなければ、家族全員が飢え死にしてしまうからだ。

 ただこの男は、部下に命じて騙して連れてくる、もしくは攫ってくるというとんでもないやつだった。
 もちろん、売られた当人や家族に金など入る訳が無い。貧しかろうが金持ちだろうが関係ない、若く美しい男女が標的となった。そうして本人の意向とは別に、売られていった人間は、贅沢をし尽くし、普通の娯楽に満足できなくなった変態貴族の玩具になる。そこには人間の尊厳など存在しない。貴族が人間を、玩具のように壊していくのを楽しむのだ。ルークはその話を聞いたとき吐き気がした。

   その男、悪知恵と勘だけは良く働くようで、そろそろ潮時だと感じたらしく、雲隠れの準備をしているらしい。逃げられたらやっかいになる。その前に始末しろとのことだった。だから急いでケセドニアにやって来たのだ。

 (ジェイドの監視が厳しい中で任務遂行か)

 監視されている中、誰にも気づかれる事無くこんな事が出来るのは、おそらく自分だけだろう。だからお鉢が回ってきたのだ。

 ケセドニアのいたる所に部下達を配置してあり、標的の位置は完全に把握している。今、ターゲットは市場にいるようだ。ルーク達もこれから物資補給の為、市場に向かっている。どさくさに紛れて殺るしかない。このようなケースは別に初めてではないが、さて、どうやって死霊使いを誤魔化すか。

 流通の拠点だけあって、市場には色々な物が並んでいる。ここで手に入らないものは無い、といても過言ではない。ルークは見るもの聞くものすべてが珍しいらしく、キョロキョロとしていて、落ち着きが無い。

 「ルーク、じっとしていないと迷子になるぞ」
 世話役のガイが苦笑しながらルークに声を掛ける。
 「わかっているよ」
 うるせえな。
 文句を言うのも忘れずに。

 「兄さん達、ちょっと御免よ」

 人がごった返し、もともと狭い道だ。ガイ達に多少ぶつかりながら、商売人らしい一行が通り過ぎる。

 「あれ?」
 ルークは?

 「ご主人様がいないですの!」

 ミュウが叫んだ。

 えええ!?

 こんな人ごみを掻き分けて移動なんて、あのルークに出来る訳が無い。自分でも訳が判らないまま人の流れに流されていってしまったのだろう。
 「探しましょう」
 ティアが叫んだ。ガイが真っ青になって駆け出した。


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 “しばらくは遊んで暮らせる金と、必要最低限の荷物だけを持って此処から離れよう。ほとぼりが醒めてからまた仕事をすればいい、顧客は幾らでもいる“
 そう考えて中年の男は急いで旅支度を済ませた。


 きっかけはある噂話だ。
 ある貴族の屋敷から、夜な夜な人の叫び声がすると。今はまだ、よくある怪談話として伝わっているようだが。
 それを聞いたとき、血の気が引くのが判った。

 (あれほど用心しろ、と言ってあるのに)

 どうして貴族という生物は馬鹿なのか。自分の後ろに手が回ることなど思いつきもしないらしい。こうなったら時間の問題だ。噂が真実になるのも遠くは無い。そうして、自分は極刑になるだろう。貴族の分の罪も被って。

 冗談じゃない、真っ平御免だ。
 だからそうなる前に、安全な所まで逃げるのだ。

 親戚から連絡があり、主が死に、商売が出来る人間がいなくなった。だから自分に手伝ってほしいと云われた。俺もこれからは静かな所で暮らしたい、ちょうどいいからそこに行く。自分の、裏の顔を知らない周りの人間にはそう云った。皆納得した。

 とにかく行き先は何処でも良いから、船に乗ろう。一刻も早く。

 「落としましたよ」

 見事な赤毛の青年が、自分の落としたハンカチを拾って渡してくれた。
 日にあまり焼けていない肌理の細かい白い肌、育ちのよさを感じさせる雰囲気、そして強い意志を感じさせる翡翠の瞳。上玉だ。こんな時でなければ、手に入れるものを。さぞ高値がつくことだろう。

 「どうも、これはご親切に」
 礼を言って、受け取り、彼から背を向け歩き出そうとした。

 「まだ他にもありますよ」
 青年がその男の肩に手をかけた。
 「え?」
 チクリと耳に痛みが走ったような気がする。
 周りから音が消え、男の動きが永遠に止まった。


 「遅いと思ったら、こんな所で何しているんだよ、おっさん」
 商人風のまだ若い男が、呆れたように声を掛けてきた。この男の連れのようだ。

 すまなかったね、兄さん。

 若い男は、青年に申し訳なさそうに云った。そして中年の男に肩を貸しながら去っていった。

 赤毛の青年はしばらく見送った後、市場へと歩き出す。

 しばらくすると、自分の名を呼ぶ声がする。ルークは皆から叱責を受けるのを覚悟した。





 数日後、砂漠のオアシスの傍で、魔物に食い散らかされ、性別すら判明しない人間の死体が見つかった。
 こんなことはこの世界ではしょっちゅうだし、その後とある鉱山の街が、住民と救助にきたキムラスカの王女一行を巻き添えにして崩落した、という大きなニュースが入ってきたので、そんな些細な事はすぐに忘れ去られてしまった。






 あとがき
 途中、ガイとすれ違った商人一行と、最後の迎えに来た若い男はルークの部下です。