ルーク死にネタです。
アッシュが少しまともです。
それでも構わない、という方のみどうぞ。
ちり、と首筋に一瞬痛みが走った。チーグルの仔の「ご主人さま!!」という悲痛に満ちた声が響き渡った。
文句を言おうとしたが何故か声が出なかった。疑問に思う前に目の前がだんだん暗くなっていき、全てが闇に閉ざされた。
アネモネ
親善大使一行はアクゼリュス崩落から逃れ、ユリアシティに到着していた。しかしその中に親善大使(とミュウ)はいない。
「あの屑はどうした!」
あの“ルーク”はレプリカで自分が本物だ、と宣言した鮮血のアッシュが怒鳴り散らす。皆が躊躇する中、ジェイドが口を開いた。
「気が付いた時には彼は居ませんでした。崩落に巻き込まれたかあるいは」
考え込むように眼鏡を指で押さえる。
「彼はレプリカなので、超振動の使用に耐えられず乖離してしまったのかもしれません」
乖離、という言葉にアッシュの顔が強張る。
「じゃあ、何ですか。自分がアクゼリュス崩落させたくせに、その責任を取らないまま死んじゃったって事ですか?うわっ、なんてサイテーなのアイツ!」
「そうね。責任を取らないままなんて卑怯だと思うのだけれど。けれどアニス、しょうがなかったのじゃない?超振動に身体が耐えられなかったんだから」
済んでしまった事は仕方がない、とばかりにティアがアニスを宥める。
「それはそうだけれど・・・」
「全くですわ!今まで私達をいえ、キムラスカ・ランバルディア王国を欺いていたなんて何という大罪人でしょう!しかもアクゼリュスを崩落させたなど!ちゃんと罰を受けるべきだったのですわ!」
とはいえ、ナタリアも納得出来ないようだ。
「・・・でもこうなると死んだほうが良かったのかもしれないな」
「そうですね。恐らく彼は下される罰に耐えられないでしょう。我が儘で身勝手な方でしたから」
彼らの言動はどんどんエスカレートしていく。
それを聞いていたアッシュは、余りの罵詈雑言のオンパレードに唖然とする。よくそこまで人を、しかも仲間であった人物をこき下ろす事が出来るものだ。
だがその所為でアッシュのカッカしていた頭は急速に冷えていく。そうして、自分の中からある疑問が膨れ上がっていくのに気が付いた。
自分はパッセージリングが消滅する瞬間を見た。だがあれは破壊された、というより自然消滅に近かった。あの場には導師イオンとヴァンしかおらず、しかもヴァンはかなり焦っていた。パニック状態であったと言っても良い。アッシュの姿を確認すると「アッシュ此処へ来い!」と叫んでいた。その後リングが消滅したので有耶無耶になってしまったが。
仮にジェイドの云うとおり、超振動を使用に耐えられず乖離したというのなら、その乖離する現場に居合わせないといけない。アッシュが来た時リングは消滅していなかったのだから。つまり、アッシュは崩落を防ぐ事は出来なかったが、ルークが超振動でパッセージリングを消滅させた瞬間を目撃していないといけないのだ。
だが現実はどうだ。リングが存在している時から消滅までルークはその場にいなかったし、ヴァンは今まで見た事もないくらいに動揺していた。それらを照らし合わせると、どうしてもあの場所にルークは居なかった、もしくは行けなかった、という結論にならざるを得ない。
「ルーク」
ナタリアが声を掛けてきた。
「俺はアッシュだ、ルークじゃない。その名は捨てた」
「いいえ、あなたはルークですわ。ああ、あなたが帰ってくるのをどんなに待ちわびていた事か」
ナタリアは目を潤ませてアッシュを見つめた。その他の仲間達はニヤニヤと冷やかすような視線を送っている。
「こんな所に突っ立って話している暇はないだろう。町に行こう」
ナタリアの視線から逃れるように、アッシュは町に向かって歩き出した。他の人間も慌てて後に続く。それにアッシュ自身、彼らがレプリカの事を悪し様に云う事に耐えられそうに無かった。
散々彼らを害してきた敵、六神将の一人だというのに何故こうもあっさりと自分を受け入れるのか。
アッシュはそれが不思議でしょうが無かった。あれだけ彼らに危害を加えたというのに、その記憶は何処へ行ったのか。敵であった人物がいきなり味方だと言っても、スパイと疑うのが普通ではないか。自分が彼らの立場であるならばそう考える。
それに何より今まで行動を共にして来た仲間が死んだ、というのに誰も悼もうと思わないのか。特にナタリア、彼女は七年もの間婚約者として接してきただろうに、彼がいなくなった事に対して何の情も湧かないのか。
何故誰も彼の死を聞いて涙の一つも見せない。何故こうも簡単にかつての仲間を切り捨てる事が出来る。
僅かであるが、彼らに対しアッシュの中に不信が芽吹きつつあった。
これからの事を話し合い、外殻大地に戻ってきても事あるごとに彼らはルークの事を汚く罵っていた。
導師イオンが「あの時ルークは・・・」と言おうとすると、「イオン様、何でアイツの事を庇うんですか」「彼が死んだことで罪を償ったことになりますわ。納得は出来ませんけれど」「そうですイオン様。あんな人の事などお忘れ下さい」「本当にイオン様はこういう時でもお優しい」とめいめいに捲くし立て、彼の発言を遮った。
何を言っても無駄と悟ったのだろう、今ではイオンは声を出す事すら稀となった。
アッシュは、ユリアシティに着いた時、アクゼリュスでのルークの様子を尋ねてみた。アニスは除外する。彼女はルークの護衛は担当外だからだ。
『私もティアも必死になって住民を看護しておりましたわ。なのにルークはアクゼリュスに着いたばかりの時、うつるかもしれないから触るなと言いましたのよ。信じられませんわ』
障気蝕害はうつらないから良いものの、相手が悪性のインフルエンザ等発症していたらどうするつもりだったのか。ろくに確認もせず、病人に触れる事は余り褒められた事はない。
『それは分かったから、その時ルークは何をしていた?』
『存じません。ルークの姿は見ておりませんもの。看護で忙しかったものでしたから。ねえティア?』
『ええ。途中私第七譜石が見つかったとの報告があったから、その場を離れたけれど。宿屋にでもいたんじゃない?』
『と云う事は、ナタリア達はアクゼリュスに着いてから、ルークが何処に居たかという以前に姿さえろくに見ていないのだな?』
『ええ、そう云う事になりますわね』
『それに私達ルークのお守りじゃないのよ。いちいち構っていられないでしょう』
溜息混じりに彼女は答える。
・・・・・・・・・。
アッシュは同じような事をジェイドやガイに聞いてみた。
『そうですね、私達も物資の手配や何かで忙しかったですし、離れて行動する事が多かったですね』
『人手が足りないっていうのに、手伝おうとしなかったからな、あいつ。でもあいつをあんな風に育てたのは俺だ。俺にも責任はある』
『私としては本人の資質による事が多いと思いますが』
『それでもだ』
『で、お前ら二人も救護活動に忙しかったと。アクゼリュスでルークが何処にいたのか、とか何をしていたとか全く把握していないんだな』
『仕方ないだろ、俺だって介護だの何だの忙しかったんだよ!第一そんな状況じゃなかっただろうが。あんなに苦しんでいる人が沢山いるのに、ルークの相手はしていられないぜ』
ギロリとガイはアッシュを睨む。
『・・・そうか』
アッシュはそう云って部屋を出て行った。
彼らの証言を聞いて、アッシュは頭が痛くなってしまった。
アクゼリュスに来てから、誰もルークの傍にいない。しかもその状況を誰も可笑しいと思っていない。
ナタリアはいい。彼女は護衛される側の人間だから。だがその他の人間は違う。
ヴァンの妹、ティア・グランツはファブレ邸襲撃の罪をアクゼリュスに行く親善大使の護衛をする事によって軽減―といっても死罪から終身刑になった程度―となっている。まあアクゼリュスが崩落する事は分かっているので事実上死刑宣告であったのだろうが。
彼女は不愉快そうに「ルークのお守りじゃない」と言っていたが、上から命じられた事はその“お守り”だ。第一彼女は、何故いまだに首が繋がっているのか誰もが疑問に思う犯罪者だ。自分のやりたい事を選択する権利など存在しない。
それにガイ。彼はルークの護衛だ。護衛というものは守るべき人物の傍を離れてはならない。例え無辜の人間が目の前で殺されようが何をされようが、決して動いてはいけない。
なのに、彼は何故平気な顔をして「ルークの相手はしていられない」と言えるのか。ルークが何処にいたのか知らないなど、護衛としてありえない。そもそも自分の主の生死の確認すら出来なかったというのはどういう事だ。
あのマルクトの軍人も一体今度の和平を何と考えているのだ。ルークの身に何かあれば、全てマルクトが仕組んだ事となり即開戦だ。それなのに、誰もルークの事を守ろうとしていなかったとは。
それとアッシュは自分達六神将とは全く別の、和平反対派が動いているとの話を聞いていた。
ファブレ家はキムラスカの重鎮と云う事もあり、内外に敵も多い。和平がどうのこうのというより、ファブレ家の人間が親善大使など栄誉溢れる役目を務めることを許せない人間がいる。事実、それらしき怪しい輩が親善大使一行の跡をつけて来ているのも知っていた。アクゼリュスに辿りつく前にルークが死んでは困る為、ある程度始末はしていたのだが。
「まさか・・・」
ある可能性がアッシュの頭の中を過ぎった。
あの当時、マルクト兵やアクゼリュスの住民やらごちゃごちゃしていて誰が誰だか分からない状態だった。テロリストが紛れ込んでも誰も気が付かない。第一身元を確認する余裕など全く無かった。
ヴァンに盲信しているルークだ。それに今の彼らを見る限り、ルークとの仲は最悪であったと思われる。仲間から孤立した彼がヴァンの命令に反する、と云う事はない。しかしあの場所にルークは居なかった。
「まさかレプリカは・・・」
ヴァンの所に行く前に、反和平の輩もしくはファブレを快く思わない輩に。
「殺された、というの、か?」
それは充分考えられる。軍事訓練など受けた事もない彼に気配を察する事など不可能だ。しかも相手は暗殺のプロ。彼は、自分に何が起こったのか理解しないまま息絶えたのだろう。
ナタリアは言う。「あなたが本物のルークです。何の不都合がありましょう?」と。
彼らが「本物のルークはここに居る」と主張したとしてもキムラスカは「あの時バチカル城にてインゴベルト国王陛下直々に任命した親善大使をここに連れて来い」と言うだろう。
“ルーク”がレプリカであった事は結果論に過ぎない。あの時誰も(ジェイドと導師イオン以外)ルークをレプリカだと知らなかった。つまりファブレ家子息、キムラスカ王位継承第三位の人間と理解しておきながら、彼らはルークの護衛を放棄した。これは結果として、ルーク暗殺の幇助をした事になる。幾ら本人が否定しようとも。
アッシュは血の気が引いていった。
自分がダアトに連れて来られる事もなく、あのままバチカルの屋敷にいたとしたら。親善大使に任命されたのがレプリカのルークではなく、自分だったら。
国王の名代だというのに自分の身は自分で守れと言われ、護衛担当の者は任務を放棄し、そしてそれを別に可笑しい事と思わず仮に命を落としたとしても「自分勝手な行動をしたのが悪い」と吐き捨てられ・・・。
「じゃあ、あのレプリカは何の為に生まれてきたんだ」
蔑まれ貶され、生まれた事すら罪だと責められる為なのか。
彼らは何も気が付かない。まるで鬱積を晴らすかのように暇さえあればあの“ルーク”を口汚く罵っている。その顔はとてつもなく醜悪だ。
アッシュは自分の中の何かが粉々に砕け散る音を聞いた。
その後。
彼らは命令をされた訳ではないのに、世界の危機だからとあちこち寄り道し意気揚々とグランコクマに乗り込んだ。その顔は誇らしげであった。
だが、彼らを迎えたのは、冷笑と軽蔑に満ちた若き皇帝の眼差し。そして何があろうと決して主の傍を離れようとしなかった、青いチーグルの仔の憎悪に満ちた目。
「お前たちか。親善大使暗殺を手助けした痴れ者の集団は」