暗雲 前編

 何かは分からないが、背中がざわめく。
 こういう時は大抵悪い事が、起きる。



  暗雲 前編



 色々と妨害が起きたが、何とかアクゼリュスに到着した。
 報告は随時受けていたので驚きはしなかったが、状況が酷い事には変わりは無かった。
 ナタリア達は救助にあたっている。

 だが、手当てをするより、ここから避難させるのが第一だとルークは思う。アクゼリュスは鉱山だ。鉱山には崩落が付き物である。何故それに気が付かないのだろう。ここの耐用年数はとっくに過ぎており、いつ崩れても可笑しくない。このことは少し調べたらすぐ判る事だ。そんな事も知らないで、自分以外の人間はアクゼリュスにやって来たのか。

 必死になって救助をしている人物とすれ違う。そんな些細な事など誰も気に留めない。
 「此処の住民を安全な、アクゼリュスから離れた所に至急避難させろ。いつ崩落するか判らない。急げ」
 「了解」

 邪魔するようなヤツがいるならば、始末してもかまわん。

 ルークはすれ違いざまにこう告げた。
 「なんでこんなことになったんだ」とぶつぶつ呟きながら、その人物は去っていった。
 これでひとまず大丈夫だろう。
 ナタリアも、王女としては一生懸命やっていると思う。思うのだが、少しズレている。木を見て森を見ない、典型的な例だ。視野があまりにも狭すぎる。

 (後は任務を果たすだけ、だな)

 こうなっても、ジェイドからの視線は外れない。流石というか、しつこいというべきか。とはいっても彼も救助に忙しい為、ずっと、ではないのだが。
 自分を含めて、皆自分のことで精一杯だ。これなら、事が運びやすいだろう。

 「?」

 何かを感じた。
 これは・・・死臭だ。
 臭いをする方へ駆け寄る。
 坑道のわき道の、しかもそれすら道具や何かで道を塞がれており、麻袋で“それ”は隠されていた。普段ならともかく、障気にあふれ、周りのことなど構ってはいられない状態なら見つかる事もないだろう。

 「これは・・・」
 「一太刀で、絶命ですね。見事なものだ」
 「うわあぁ!ジェイド、いつの間に!」
 「そんな化け物みたいに言わないで下さい。いくら私でも傷つきますよ」

 見ていないようで、ちゃんと俺のことは見ているわけか。やっかいな。

 「ど、どうしよう、これ」
 「死体までは手が回りませんからねえ。私がここの警備隊に報告しておきますから、あなたはガイの手伝いをしていなさい」
 そう言われた途端、ルークが不機嫌な顔をする。
 「俺に命令するな。俺は・・・」
 「親善大使様でしょ。分かっていますから、ほら」

 早く行ってください、それとも死体の傍にいたいのですか?

 死体の傍、と言われてルークは「うっ」という顔になり、すごすごとこの場を立ち去っていく。ジェイドはその姿が見えなくなって呟いた。その口には壮絶な笑みが浮かんでいる。他人が見たら、一瞬で凍りつきそうな。

 「やはり、“あの時の彼”はあなただったのですね」



 まずかった。あそこにジェイドが来るなんて。
 「・・・バレたかな」
 ここまできたら、もういいかもしれない。

 「この任務は失敗、かもしれないな」

 あの死んでいた男はルークの部下だ。それを思い出し、何も出来なかった自分は唇を噛む。
 おそらく、敵が立ち去ってから書いたのだろう、それこそ最期の力を振り絞って血で地面に「凶」、と。見たと同時にさりげなく消したから、ジェイドには読めなかった筈だ。
 そして、あの切り口は、

 「ヴァン謡将・・・」
 自分達の存在は、一般には知られてはいないけれど、一部の、裏の世界に通じる人間だったら、噂は必ず聞いた事があるだろう。そして、敵にまわして生きているものはいない、とも。

 「罠・・・か」

 ヴァンがこれから、自分の計画を進める為、ありとあらゆる手段を取る事は判っている。発覚すれば、キムラスカやマルクトでも正式な命令を出し、討伐部隊を差し向けるだろう。正式、なものはいい。厄介なのは表に出てこないものだ。そう、ルーク達のような。
 ヴァンの力は裏の世界には通用しない。表があるから裏がある。表の世界が滅んだら、裏の世界も滅ぶのだ。ヴァンの計画を知ったら、裏の世界も敵にまわるだろう。
 だから前もってえさをばら撒く。彼らに自分の抹殺を依頼するのだ(これは余程の馬鹿か、それとも対応できるだけの実力の持ち主か。ヴァンは後者だろう)。そうすれば誰がその世界のものか判る。それに裏の世界のものをいくつか仲間にすればいい。
 この世界は色々な派閥があり、それなりに繋がりがある。しかし、敵対とまではいかないが仲が悪い、という集団もある。そこを上手く立ち回れば、全面戦争に持ち込む事だって可能だ。そうすれば、裏の世界だって、表の世界どころではなくなる。
 ヴァンはそこまで計算しているのだろう。

 ファブレ公爵に連絡の鳩を飛ばそう。何かあってからは遅いのだ。
 そうルークは考え、伝書鳩を扱っている業者の元に向かった。



 自分の勘は外れていなかった。
 あまりの彼の、お坊ちゃま振りに不安に感じたのだが、あれほどの手練れの彼が、そう容易く尻尾を掴ませる訳はない。
 あの、人を切ることに躊躇している彼が、何の心構えもなく死体を見つけたとしたら、そりゃあもう、みっともないほどの大声を上げ、腰を抜かしていることだろう。しかし、彼は冷静だったし、動揺もしなかった。そのとき確信した。
 ひょっとしたら、知人―部下か?―だったのかもしれない。あの目に浮かんだ表情は、悲しみに満ちていた。
 ジェイドはあの事件の後、色々と調べてみた。金を貰って殺しを請合う、そんな仕事は珍しい事ではない。でも彼らはそんな安っぽい輩ではない。そこである噂に出会った。

 ―法で裁けない悪人を殺すのを専門にしている集団がいる―

 これだ、と思った。しかし、それ以上の情報は掴めなかった。
 ―それ以上は無理だ、自分達だって命が惜しい―

 情報を提供してくれた全員がそう云った。そこですべてが途絶えた。

 行き詰って煮えきっていたとき彼に出会った。
 レプリカであることは、自分にはすぐに判ったのだが、彼はそのことに気が付いているのかは判らない。
 あの集団の大元締めはファブレ公爵なのだろう。
 まだ、生まれて七年しか経っていない子供に人を殺す事を覚えさせる。あまりのことに反吐が出そうだった。

 そしてこのパーティの中で、このことを知っているのはおそらく、自分とルークだけか?あのガイと名乗っている青年はどうだろう。あのマルクト人の、人を偽る技術は最高のものだ。このことは流石にジェイドにも確認のしようがない。

 しかし、これは確実にいえる。

 皆に正体が知られたとき、ルークは自分達の前から姿を消すのだろう。

 ジェイドはふと思った。

 「アッシュがファブレ家にいたとしたら、ルークの様なことをしていたのでしょうか」
 というより、



 アッシュは、ファブレ公爵のしている事を知っているのだろうか?



「世間知らずなのは私達の方ですね」


 とりあえず、ルークにああ云った手前、この死体のことを警備隊に知らせないといけない。ジェイドは関係者のいる詰め所に向かって歩き出した。





 あとがき
 長くなったので、一旦切ります。続きは近いうちにアップします。