謫居


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 「知っていた、だと?」
 アッシュはそれを云うだけで精一杯だった。



  謫居(たっきょ)



 目の前にいるのは自分のレプリカだ。
 ヴァンと会話する度に「あれはただの道具にすぎない」「余りの愚かさに反吐が出る。やはり劣化レプリカだな」と散々罵られ、侮蔑の対象に過ぎなかったモノであるはずなのに。ヤツに呑み込まされそうになるのは何故だ。
 
 「ここでじっとしていても周りの迷惑になるだけです。早く町に入りましょう」

 導師イオンがそう声を掛けてきた。
 あれだけの音を響かせ、派手に動き回った―というより殺し合いをした―自分達だ。驚いた住民達が集まって、恐る恐るこちらを伺っている。
 
 「チッ」
 アッシュは舌打ちをし、その身を翻し町に向かう。

 「この町の責任者に会う。レプリカ、お前にはまだ聞きたいことがある。・・・逃げるんじゃねえぞ」
 「・・・・・・」

 ルークは無言だった。それがまた、腹立たしい。

 「行きますよ、皆さん」
 先ほどとは違い微笑みさえ浮かべながら、死霊使いが明るく云う。しかし、ルークに向ける視線は全く変わらず、殺気が篭ったままだ。
 全員無言で彼に続いた。
 
 
 ユリアシティの市長との会見が始まった。
アクゼリュスの崩落は、預言に詠まれていたと知ったナタリア達は、ショックを隠せないようだった。
 これは高度な政治問題だ。とてもルークに口出しが出来るものではない。
 特に、生きる世界が違う自分にとっては。

 (任務は失敗した。この責任は取らねばならない)

 ルークは彼らと離れた場所、入り口付近立っていた。とはいえしっかり監視はされてはいたが。

 「どうぞ」

 テオドーロ市長―ティアの祖父―の部下らしい女性がアイスティーを勧めてきた。勧められるままルークはそれを受け取り、彼女を見た。
 
   『任務変更』

 唇の動きはそう読めた。
 彼女はジェイド達に背を向けており、口の動きなど完全に見えない。

 「・・・もう少し、お茶の葉を少なくした方がいい」
 「あら、やっぱりそうですか?私、濃いのが好きで、ついお茶の葉多めにしちゃうんですよね」
 その場には、全く似つかわしくない明るい声だった。

 「次はもっと少なくします」
 「そうしてくれ」

 失礼します。
 そう言うと、彼女は去っていった。
 ルークは飲み物に入っていた氷を口に放り込んだ。


 「とにかく、地上に戻りませんことには始まりませんわ」
 テオドーロとの話しを終えた、ナタリアが言った。
 「そうですね。私もこのことを陛下に報告しなければ。それと・・・」
 ジェイドがルークに視線を向ける。

 「あなたはどうするのです?」
 その声にはすべてを凍てつかせる力が篭っていた。

 「とりあえず、公爵に連絡を取る。それからだ」
 ルークは動じることなく答えた。

 「父上に連絡を取った後は、どうするんだ」
 アッシュが何時でも抜刀出来る体勢をしながら訊ねてくる。そんな事をしても無駄だとは思うが、口にはしない。
 「未定です。公爵次第ですね」

 アッシュは、今まで自分の中で燻っていた疑問を投げかけた。

 「お前、自分がレプリカだと知っていたと言ったな。このことは父上も・・・ご存知だったのか?」
 ルークがレプリカだと、偽物だと、いや、ヴァンが今まで自分に行ってきたことを知っていたのだろうか。
 まさか、すべて分かっていて、黙認・・・していたのか?
 それはつまり、自分―ルーク―は父上に見捨てられたのと同じなのではないのだろうか。

 「・・・公爵はすべてをご存知です」

 アッシュの顔色が変わる。
 「ルーク!!」
 ナタリアが叫ぶ。

 「その発言はあんまりですわ!!あなたには思いやり、というものがありませんの!?」

 他の女性陣も非難の目で自分を見つめていた。
 この場合、責めるべきは公爵であり、ルークではないだろうに。
 配慮が足りなかったことは認めるが、この程度のことで立ち直れなくなるようなら、ファブレ家の跡継ぎはとても務まらない。

 「何故、公爵がこのような手段を採られたかはいずれ解ります。アッシュ、いえルーク様、これはあなたの為なのですよ」

 ファブレ家の“闇”からの脱却の為に。

 「公爵のご子息はあなただけです。ルーク様」
 「・・・その名前は捨てた」
 「あなたがいくら抵抗しようと、“ルーク”であることを周りはあなたしか認めません。私は偽物なのですから」
 ましてや私は、ヴァンが言った劣化レプリカなのです。人がそう簡単に認めるはずはないでしょう。

 そういわれ、全員が詰まる。反論出来ない。

 オリジナルルーク。ローレライ教団、神託の盾特務師団長、六神将鮮血のアッシュ。

 特務師団に所属しているのだから、かなり隠密性の高い任務が多いと予想される。又、公には出来ない経験もしているのかもしれない。でも、アッシュのいる特務師団はローレライ教団という、この世界すべてのものから認められ、尊敬される存在に属している。彼の行動は任務であり、正当なものだ。
 それならいくら血で汚れても、洗えば落ちる。

 アッシュは綺麗なままだ。自分と違って。

 自分の浴びた血は、どんなに洗っても落ちる事は無い。この鉄のような匂いは、どんなに高級な香水を使っても消えはしない。

 公爵が我が子として愛しているのは、このオリジナルルークだけ。

 彼を代々続く、この忌まわしい枷から解放する為に、自分は存在する。

 「やはり、お前は劣化レプリカだな。てめえの立場を解っていやがらねえ」
 そのアッシュの言葉を聞いたルークは目を伏せる。

 「・・・理解しろと言ってもすぐには無理でしょう。でもこれだけは忘れないで下さい。公爵が、息子として愛しているのはあなただけ、です」


 自分、ではない。



 「とりあえず、色々あって流石の俺も疲れている。少し休ませてもらえないか」

 疲労を隠さず、ルークは皆に言った。






 あとがき
 謫居(たっきょ)罪を犯した罰として遠方に流されてその地に住むこと。
 新明解国語辞典より