大手を広げて嘲笑う

ヒーロー。悪を倒す正義の味方。弱気を助け、強きを砕く。人々の英雄。

「素晴らしいね。なんとも素晴らしい存在。力のない大多数には光り輝いて見えるだろう。だからこそ多くのものが憧れる。でもだ。でもよく考えてみてほしい。これらはそれが極一部の希少な存在だからこその価値なのではないか?多くのヒーローが存在し、沢山の英雄がいる。するとその存在はとたんに何の価値もなくなる。ヒーローのバーゲンセールなんて面白くもなんともない。量産型のヒーローなんて二束三文の価値もありはしない。だから私は思うんだ。この世はヒーローが多すぎる。世間にヒーローと持て囃されその栄光を得ることが出来るのはほんのひと握りの選ばれた者だけなはずだ。そうでなくてはならない。だからこそ英雄にたる資格を持たない有象無象は排他せねばならないし、そもそもの根源である悪はもっと排他せねばならない。だからこの行いは正しいものだ。お前をこの世から排斥することは正しい行いなのだ」

グシャ。バキッ。メキョ。

「な〜んて芝居がかったように言ってはみても俺自身の性悪さは隠しきれないよね。うんうんわかっている。俺のこの理由も思想も逮捕されて大勢の警察やなんかの大人達には全部一蹴されるような世迷言だってことは十分すぎるほど分かっている。でもそれもこれも全部俺を捕まえることができたらの話だろ?そもそも捕まえられなければ否定される筋合いはないしされることもない。だけど俺の言葉自体は皆薄々感じていることじゃないのかな。ただそれを見て見ぬ振り知らぬ振りをしているだけで、きっと皆心の奥底では似たようなことを思ってあることだろうさ。だから俺のように世界の矛盾や不平不満を世に発信し続けることは重要なことなんだよ。それを見て自分もと後に続くものがいるかもしれない。ああいけないな。また思ってもいないことを言ってしまった。いくらこんな取り繕ったようなことを言っても本心では微塵もそんなこと思っていないんだから意味無いよね。まあつまり何が言いたいのかと言うと」

自分は何を見ているのか。目の前のモノは一体何なのか。そもそも自分は今生きているのか死んでいるのか。それさえもわからない。

ただ狙いやすい場所にいたからという理由だけで標的になってしまった哀れな人物は、与えられる痛みに叫びながらただただ終わりを待っていた。

「俺の欲求を満たすお手伝い。ありがとうございまーす」

ニッコリと。無邪気なまでの笑みが、男の見た最期の光景だった。


グチャ。


***

ざわざわと朝から教室は騒がしかった。いやこの教室だけじゃない。他のクラスも学校全体も街中も。どこもかしこも今朝方のニュースでざわついていた。

「まだヴィランは捕まらねぇのかよ」
「そもそも姿さえ分かっていないんだろ。そんなやつどうしろって言うんだ」

ある死体は目玉を抉られ鼻と耳が削がれた状態で。またある死体は腹が切り開かれ臓器を抜き出された状態で。またまたある死体は四肢がもがれ体と臓器で文字を作るように放置された状態で。
猟奇的なまでの無差別殺人。今朝方で三人目の被害者。犯人であるヴィランは捕まるどころかその手がかりさえもないという。

「大丈夫だって!そんなやつすぐにオールマイトが捕まえるよ!」
「でもオールマイトだけじゃない。トップヒーロー達が皆優先的に捜索しているのに姿さえも分かってないんだよ?」
「被害者に共通点はないの?」
「無差別だよ」

君たちが恐れトップヒーロー達が未だ見つけることさえできないそのヴィランは、君たちの目の前にいるというのにまったく気が付きしない。

「ねぇ佐久間くん。どう思う?」
「ああ緑谷。そうだねぇ本当に怖いよ。あんなおぞましいことを出来るなんて、正気を疑うよ」
「無差別だし個性さえも分かってないから対策のたてようがないよね……」
「そういえば今朝の殺害は緑谷の家の近くだったっけか」
「うん。僕は置いておいて母さんが心配なんだ」
「そうか……」

緑谷のお母さん。確かふくよかで切るのは大変そうだなぁ。でもあんなに柔らかそうなものを切り開いて中身を出したら面白そうだなぁ……



ああけれど少し自重しなくちゃ。この世は馬鹿ばっかりだけど、ヒーローと呼ばれる人と警察の一部は少しばかり頭が回る。そろそろ手がかりくらいは気がつくかもしれない。まあ最初から隠そうとは思っていないしむしろどう反応するのか面白そうだからさっさと見つけて欲しいな。


「おはよう」

ざわついていた教室も、相澤先生が入ってきた瞬間に全員席に着き静まり返る。

先生はアングラヒーローだからあまりメディアには出ていないけど、こうやって生徒としていればそれなりに分かることがある。
相澤先生の個性は眼だ。黒い眼が個性発動時には赤く染まる。あの瞬間を見るのが好きだ。個性を発動した時にくり抜けばば赤いまま保存できるだろうか?

そんなことを思っていると、バチッと視線があった。すぐに逸らされたけれどしっかりあった視線に、頬が緩むのが抑えられない。







「佐久間」

後ろから呼ばれた声に振り向く。そこには予想通り相澤先生がいた。

「どうしました?」
「……」

先生はただこちらを見つめ続けるだけ。けれどいくら無表情を装ったってその目は誤魔化せないほど彼の感情を伝えてくれる。

「……いや。お前この間の戦闘訓練で加減しただだろ」
「ああバレちゃった」
「そんなことしてたら訓練にならねぇだろうが」
「でも先生。あの時は仕方がないですよ。あのまま続けていたら爆豪の腕折っちゃいましたし」
「そもそもそんな状況に持っていくなよ……」
「でも先生方にしかバレてないみたいなんで、まあいいかなって」

ヘラ、と笑ってみせれば、先生も呆れたようにため息を吐いた。でも眼には依然として疑惑。怒り。およそ生徒に向けるようなものじゃない。


「あーあ……バレちゃった」

先生に背中を向けて呟く。この間の訓練のことだと思うだろう。けれど違う。口角が上がるのがわかる。顔が歪むのがわかる。けどそれを直そうとも隠そうとも思わない。

「バレちゃったなぁ……やっぱりトップヒーローは違うなぁ」

この近くに人はいない。いるのは先生や警察。
後ろで相澤先生が身構えるのがわかる。

「こんなに警戒態勢をしいて、酷いなぁ。教え子をし信じてくれなかったんですか?」
「………信じたかったさ。だから問答無用で捕まえなかったんだろうが」
「ああ、やっぱりさっきのは試したんですね」
「本当ならお前から自首してほしかった」
「自首?何故?そんな幕引きつまらないじゃないですか」

ああ面白い。面白いなぁ。

「手がかりがない。というのも俺を油断させる為のものでしたか」

笑いながら話し続ける佐久間の空気が変わったことを、その場に潜んでいる全員が分かった。

「何故あんなことをした」
「何故。と言われれば欲求に従っただけです」
「っ、……入学する前から殺していたのなら、どうして雄英に入った!」
「だってその方が面白いじゃないですか」

振り返った佐久間は、どこまでも無邪気な笑みだった。自分の行いに何一つ罪悪感など感じておらず、何が悪いのかすら理解はしていない。

「最高峰である雄英ヒーロー科から残忍なヴィランが捕まる。そんなことが世間に知られたらどんな反応をするのか……考えただけでさいっっっこうに滾りません!?」

頬を赤らめヒーローに憧れる幼子のように話す佐久間を、誰も理解なんて出来なかった。
今まで見てきた彼は一体何だったのか。こちらが本当の彼なのか。それほどに目の前の人物と普段の佐久間明彦とは全く違った。

「そんなことを語っても、もう君は終わりだよ」
「終わり。そうだ。ここが終わり。でも終わりであり始まりでもある」

校長の言葉に両手を広げる。周りをヒーローと警察に囲まれているというのに、それでも彼は笑っていた。

「君がヴィランなんて思いもしなかったよ。それほどに君は普通の生徒だった」
「自分が異常だと自覚しているのなら、普通のふりをするなんて造作もないことですよ」

ニコニコ。ニコニコ。

彼は笑ったまま、ゆっくりと体を傾けた。

「でもここで捕まるのは面白くないので、これで失礼しまーす!」

そのまま横の窓を割り、佐久間は下に落ちていった。それは防ごうとする間もなく一切の躊躇いもなく勢いよく割り落ちた。

個性を相澤が消していた。だからこそ佐久間が何かするか危険性は低くなっていたが、まさか自ら窓を割って落ちるなんて予想外で、我に返り下を除いた時にはもう彼はいなくなっていた。




大手を広げて嘲笑う



(アハハハハハハ!面白いねぇ。この世界は本当に面白いよ!)
(次はどんなことをしようか)
(誰も彼もが分かっちゃいない!)
(馬鹿ばっか、馬鹿ばっかりなこの世界だ!)

「だけどだからこそ、面白い…!」
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