いいから大人しくしていてくれ!
「よぉ新一。元気にしてたか?」

ポアロにいると、入ってきた客がいきなりコナンにそんなことを言い出す。その場にはコナンと一緒にお茶をしていた沖矢と、アルバイト中の安室しかいなかった。それゆえに男が言った言葉に空気が凍る。

「お、お兄さん何言ってるの!?僕が新一兄ちゃんなわけないじゃない!」
「少し見ないうちに変わったな新一。背が縮んだか?」
「(そこかよ!)」

男の名前は佐久間明彦。新一とは十も離れているが従兄弟だ。
無表情が標準装備で、一体何をやっているのか世界中を飛び回っている。頭の回転は悪くない。むしろ天才の分類に入るであろうこの男。しかし、まったく人の話を聞かない奴でもあった。
現に冷や汗をかきながら否定するコナンの言葉には返さず、淡々と見当違いのことを言う。

コナンはこの従兄弟が苦手だった。いや、話をする分には楽しいのだが、いかんせん人の話を聞かなすぎて疲れるのだ。しかも脈絡もなく話し出す時もあるので、今のような都合の悪いことや爆弾発言を何ともないふうに言う。
さっさといなくなれ〜!というコナンの切実な祈りも意味をなさず、明彦は自然にコナン達のテーブルに座る。

「失礼。あなたは?」
「俺は新一の従兄弟で佐久間明彦といいます。お宅は?」
「沖矢昴といいます。大学院生です。工藤さんのお宅に居候をさせていただいています」
「ほー」

沖矢の紹介を興味無さそうに流し、安室に注文をする。コナンはそんな変わらない従兄弟に頬が引き攣るのを自覚しながら、あくまでも小学生として声をかける。

「明彦兄ちゃんのことは新一兄ちゃんから聞いてるよ!世界中を飛び回っているんでしょ?どんなことをしてるの?」
「新一がいないと蘭ちゃんが言っていて驚いたぞ。こんなところでなにをしているんだ」
「だ、だから僕は新一兄ちゃんじゃないよ……」
「そういえば土産がある。ほら」
「これってもう絶版になってるホームズ!?嘘!数も少ないのにどうやって手に入れたんだよ!」
「とある人から貰ったんだが、俺は読まんからな。新一ホームズが好きだったろ?」
「サンキュ!明彦さん!」
「…………コナンくん」

沖矢の呆れたような声で我に返ったコナン。予想外の明彦からの土産で完全に新一になっていた。しっかりと明彦から貰った本を胸に抱えて、満面の笑みでお礼を言った形で固まる。
明彦の注文した品を持ってきた安室は顔が若干引き攣っていた。

「そういや、なんでこのクソ暑いのにそんな厚着しているんだ?」
「私、ですか?」
「他に誰かいる?」
「そういわれましても……確かにハイネックは暑いですが、生地が薄いのでそこまでではないかと」
「そっちじゃなくて、その顔」

今度は沖矢が固まった。薄く笑い、僅かに翡翠の瞳がチラつく。

「……この顔が地ですが?」
「いや暑くないか?夏だし蒸れるだろ。大変だな」
「あ、明彦兄ちゃん!沖矢さんが困ってるよ!」
「その話、詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」

割り込むように入ってきたのは安室。その目は鋭く沖矢を、そして明彦を見ていた。険悪な空気が流れる中、当の張本人である明彦は呑気に頼んだハムサンドを口にした。

「美味い。噂は当てにならんが、今回は当たりだ」
「ありがとうございます。それでさっきの話ですが……」
「これは……味噌、か?隠し味が絶妙だな」
「はい。それで、」
「ほら、新一。お前も食べてみろ」
「あの…」
「僕は新一兄ちゃんじゃないからね……安室さんのハムサンドが美味しいのは知ってるよ」

話を聞き出そうとする安室をことごとく無視して、マイペースに話す明彦。そんな彼にもう諦めたのか、コナンは溜息をつきながら一応の訂正をするだけだ。
ピクピクと頬が痙攣する安室。しかし明彦は呑気にコーヒーを飲んでいる。

「そういえば新一」
「だから違うってば……」
「近いうちにこの街で黒が特徴の犯罪組織が動くみたいだからな、いつもみたいに首を突っ込むなよ」

何気ない。本当に世間話をする程度の気軽さで爆弾発言をした明彦に、一気に空気が張り詰めた。

「明彦兄ちゃんそれどういうこと!?」
「大きな組織らしいぞ。各国の諜報機関がこぞって狙っている。危ないから関わるなよ」
「佐久間さん、詳しくお聞かせていただいてもよろしいですか?」

沖矢と安室、そしてコナンに詰め寄られているにも関わらず、明彦はじっと見つめ、コーヒーを飲んだ。

「明彦兄ちゃん!」

焦れったそうに続きを促すコナンを一瞥しハムサンドを食べる。焦らず咀嚼して飲み込み、コーヒーを飲む明彦に若干苛立ってきた三人。

「この間助けた情報屋がこの街に行くならと教えてくれたんだ。新一はところ構わず首を突っ込むからな。先に釘を指しておこうかと思った」
「……佐久間さん、その組織のことをどれだけ知っていますか?」
「なんだ興味があるのか?」
「ええ」
「大したことは知らないぞ」
「構いません」
「そうだなぁ……幹部連中のコードネームが酒で、黒を象徴としている。ノックがわんさか潜入していて、過去と現在から判明しているのは公安、FBI、CIA、MB-6、CSIS、BND。中心人物の一人が銀髪の長髪の男。ぐらいのことしか知らないな」

言い終わると一口コーヒーを飲む明彦。無表情のまま語られたその内容に、開いた口が塞がらない。

「さて、では俺はそろそろ行く。知り合いと蟹を取りに行くんだ。楽しみにしてろよ新一」
「え、あ!明彦兄ちゃん待って!?」

コナンの制止も聞かず、さっさとお金をおいて店を出ていく明彦。

「………」
「…………」
「…………なんか、ゴメンね」
「いや……」
「コナンくんのせいではありませんよ……」

沈黙が流れる中、コナンがとりあえず謝ると、まだ混乱中の二人は歯切れの悪い返事をする。


嵐のように爆弾だけを置いていった彼は、しばらくしてまたひょっこりと現れその場をかき回すのであった。


いいから大人しくしていてくれ!

(公安?FBI?保護?どうでもいいな。それより新一、ほれ、土産の蟹だ)
(あーもう!!なんでこの人こんなに自由気ままなんだよ!)
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