自由人には関係ない
『いいから大人しくしてくれ!』の続編

歩いていると、先日ポアロで出会い、爆弾を落とすだけ落として去っていった、ボウヤの従兄弟である佐久間明彦に出会った。

組織の情報を、決して見逃せないレベルのものを持っており、全く警戒の仕草も見せず話し出すという危険な行動をとった。すぐに仲間に知らせ保護させるよう手を回したが、なんと彼はそれを拒否したのだ。聞けば公安からの保護も拒否し、日本だけでなく世界中をあちこち飛び回っているそうだ。
その自由奔放っぷりに頭が痛くなる。佐久間明彦にあった日にボウヤからその人となりを聞いたが、予想以上に厄介だ。
その持っている情報もそうだが、組織のことを知っていながら全くその存在を認識させていない技量に、万が一組織の手に落ちたら厄介。そうでなくとも、彼が一体どちら側にいるのか分からない今。なんとしてもこちら側にひきこみたかった。

その人物に会ったのだから、この機会を見逃すわけにはいかない。

「こんにちは。佐久間君」
「誰だ?」

しかし声をかけ帰ってきた返事に固まる。

「あの、この間ポアロで会った沖矢昴といいますが……」
「…………………………………ああ」

長い沈黙の後、思い出したように手を叩く佐久間。その姿に頬がひきつりそうになるが、変装しているため表には出さない。しかし目の前の男は一目でこの変装を見破ったのだ。油断はできない。

「こんなところで偶然ですね。家が近所なんですか?」
「まあぼちぼち」
「そういえば、コナン君が世界中を飛び回っている、と言っていましだが、一体お仕事は何を?」
「色々やってます。投資も事業もプロデュースも。興味があるものは何でも手を出してしまう質でして」
「ほぉ。では今は何を?」
「今は気ままにやってる。仕事は部下達に押し付けてきたからな」
「それはそれは……」

本当に自由奔放な姿に、彼の部下達の苦労を垣間見え少しだけ同情する。しかし、次に彼が言った言葉で僅かに緩まっていた意識が張り詰める。

「俺も質問いいですか?」
「勿論です」
「じゃあ遠慮なく___あんた、何者だ?」
「何者、とは?」
「沖矢昴という人間は存在しない」

疑問ではない。断定している事実として言い放った佐久間は相変わらずの無表情で、どういう意図なのか全く読み取れない。

「隅々まで調べさせてもらったが、戸籍的にも経歴的にも書類的にも。どこにも沖矢昴が存在しているという証拠はない。お前は、何者だ」

無表情。何も変わらない態度。しかし変わった雰囲気。
何一つ偽ることは許さないと言わんばかりの威圧感。その瞳はぶれることなくこちらを見据える。

「調べただなんて……何故そんなことを?」
「最初の違和感はお前の紹介だ。普通、聞かれてもいないのに大学院生だなんて言わない。そんなこと、まるでそうだと思い込ませるようじゃないか」

ピクリと眉が微かに動いてしまった。

「そこで僅かな違和感を持った。悪いが、そんなやつをあの人達の家に住ませる訳にはいかない。そして調べてみれば、案の定だ」
「………凄いですね。そんな僅かな違和感のみでそこまで調べ尽くすとは」
「勘が外れたことはないんだ」
「申し訳ありませんが、ここで真実を話すわけにはいきません」
「あんたの都合なんて知ったことじゃない。話さないのなら、話させるまでだ」

目を細め構える姿から、対立が避けられないことを察した。けれどこんな往来の場で立ち回るわけにはいかない。しかし目の前の男は自分が話さない限り警戒を解かないだろう。
どうしたものかと悩んでいるうちに、右側から衝撃が。反射的にガードは間に合ったが、予想以上に思い一撃だった。受け止められたと思ったらすぐにその足を下に落とし脇腹を狙ってくる。
息をつく間もない確実に仕留めるその動きに、焦りが出てきたその時。

「明彦兄ちゃん何やっているの!?」

ボウヤの声が聞こえた。その瞬間あの連打が何だったのかと言うほどあっさりと攻撃が止まり、佐久間はボウヤに向き直る。

「新一。こいつが存在している証拠はない。こんな得体のしれないやつが近くにいては危険だろう」
「昴さんは大丈夫だよ!それよりこんな場所で何で襲いかかってるの!?」
「こいつが真実を話さないからだ」
「だからって駄目だよ!それに、昴さんがあの家に住むことは優作おじさんも有希子おばさんも新一兄ちゃんも納得してるの!」
「…………本当か?」
「本当!」
「全員納得しているんだな」
「そう!」
「こいつはお前達に危害は及ぼさないんだな」
「絶対にない!」

息も切れ切れで否定するボウヤをじっと見てから、俺を見る。既にその目には先程までの鋭さはなく、最初と同じく何も読みとれなかった。

「そうか。なら、いい」

ボウヤの頭を数度軽く叩き、踵を返した。

「え、え、明彦兄ちゃん?」
「今日来たのはそれだけだからな、もう行く」
「待ってください。折角ですからもう少し話しませんか?」
「しない」

そのまま歩いていってしまった佐久間を見届け、その背中が見えなくなったと同時にため息が出た。

「………ボウヤ」
「ごめん。本当にごめん」

本当に彼は厄介だ。


***

沖矢昴。東都大学工学部所属の大学院生。27歳。住んでいたアパートが火事にあい全焼。その後縁があった江戸川コナンの誘いで工藤邸で留守を預かることに。煮込み料理が得意。温厚で誰に対しても敬語。

調べて出てきたことは、ありふれた、少しだけ不運と言える彼の事だった。
しかしそれ以上のこと。"沖矢昴が実際に存在している"確固たる証拠は何一つ出なかった。
ここで有り得る可能性は二つ。何かしらの事情で自分の情報を秘匿していること。これはない話じゃない。アメリカの承認保護プログラムがいい例だし、重要人物の情報は簡単には閲覧できないようにロックされている。
二つ目は、全く別人が偽装していること。これが有力だ。ならば奴は一体誰なのか。承認保護プログラムを受けたとしても、腑に落ちない。自身を偽装することなんて簡単だ。だからこそ元の奴が犯罪者である可能性も十二分にある。そんな怪しい奴を、あの人達の家に置くわけにはいかない。
だから聞いてみたが、案の定答えることは無かった。ならばと強硬手段に出てみたが、途中で新一が出てきてしまい中止せざるを得なかった。
そこで知れたのは、あの人達全員奴の素性を知り、その上で身分の偽装にあの変装。家の提供などの協力をしているという事実だ。
あの人達が得体の知れない奴に自分たちの家を任せるはずがない。ということは信用のおける人物。それも大掛かりな偽装から生きていることを知られては危険にさらされる。少し手合わせした感じでは、かなりの強者。
あの人達が関わりそうで、強者でありながら身分を隠さなければ自分又は周囲に被害が出るものといえば、警察関連。捜査の一環か。

「そういえば、FBIが日本に非公式にチームを派遣していたな」

奴のうっすらと開いた目は翡翠だった。造形からいって顔のほりも深い。日本人と外人とのハーフの可能性が高い。ならば、恐らくFBIだろう。その中で最近日本で死亡した者は。

「赤井秀一」

十中八九奴だな。

さてさて。どうやら俺の従兄弟はやはり厄介な事件に首を突っ込んでいるらしい。なんと忠告が遅かったとは。恐らく叔父さんと叔母さんが既に手を引くよう言って、それでも聞かなかったのだろう。ならば、俺がどうこう言って聞くわけないか。

どうしたものか。


自由人には関係ない


(とりあえず新一に危害が及ばないように周囲を調べて、危うい芽は早いところ摘んでおくか)

(黒の組織?よし。ちょっと潰してこよう)

周囲の策略なんて知ったことか。
今日も自由人は己の考えに従って自分勝手に動いていた。
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