愛情フルコース

好きな人に告白されるならどんな言葉でも嬉しい。でも、やっぱり憧れるシチエーションとか言葉とかあるじゃないか。

「ねぇねぇ!理央は何かないの!?」
「睡飲み過ぎ……」

雄英教師陣による飲み会。数少ない同性の同僚だからかミッドナイトこと睡とは比較的仲がいいが、飲み会の度に酔っ払って絡んでくるのは正直やめてほしい。酔っぱらいの相手は面倒なんだよ。
お酒を片手に肩に手を回して絡んでくる睡にため息をつきながら、今聞かれたことについて考える。

「う〜ん。何かって何?」
「も〜!理想とする相手のタイプよ!タイプ!」
「そんな事言われてもなぁ。私そういう相手特にいたことないし」
「勿体ないわよ!あんたそれなりに顔はいいんだから!」
「それなりって……」

褒められているのか貶められているのかよく分からない言葉に苦笑しながら、思い浮かべてみた。

「……あー、タイプは特にないけど、憧れるシチエーションはあるかなぁ」
「なに?」

普段そこまで色恋沙汰の話をしない私の言葉に、睡は興味深そうに先を促してくる。
いや、色恋沙汰が嫌いな訳じゃなくて、苦手なだけなんだよ。うん。

「告白なら、やっぱりその辺でポンッてのは嫌じゃない?」
「そうね」
「だから、デートの前にバラの花束を貰って。それから夜景が綺麗なレストランで、……ってのは憧れる」

なんだか言っていて照れくさくなってきた。もういい年した大人が夢みる少女みたいなことを言うなんて。顔に熱が集まるのが感じ、それを誤魔化すようにちょっと笑いながらお酒に口をつけた。

「なーによー!可愛いじゃない!」
「うわっ!」
「夢見る乙女って感じねー!青春だわ!」
「青春って、もう三十路の女が言っても痛いだけだよ」
「なんかに影響されたの?」
「んー、いや。だって扉開けたらいっぱいの薔薇が目の前に広がってたらよくない?」
「わかる!ビックリするけど嬉しいわよねー」
「あと………めいいっぱい女の子扱いしてくれたら、嬉しいなー……なんて」

後半は恥ずかしくて小声で話したのに、睡はちゃっかり聞いていた。

「あらー?随分可愛いお願いじゃない」
「ん、だって私ってそういう意味であんま女の子扱いされたことってないしさ。やっぱ好きな人に甘やかされるって特権だよね」
「いいわねー!」
「まあ相手はいないし、ただの憧れなんだけどね」



そしてそのままお開きになり私は酔いつぶれた睡を背負って帰った。飲み会は周りもうるさかったし、睡が酔っぱらって大声で話していただけで私は普通の音量で話していた。だから、私達のその会話を聞いていた人がいたなんてその時はまったく気が付かなかったのだ。

「…………」


***


ヒーロー科は土曜日も授業がある。だから私達教師もギッチリスケジュールは詰め込まれているし、ヒーローとしての要請があれば出動する。だから休みなんてあってないようなものだし、あるのなら家で休みたい。
てなわけで、この日もせっかくの休み。買い足すものはないし要請もない。外には今日でないぞと疲れを取るように眠り、一日ダラダラ過ごしていた。そんな貴重な休日が終わったのは、一つのインターホンから。

夜になり、そろそろ夕食の支度でもするかと思って立ち上がったと同時になるインターホン。特に人が来る予定もなかったし、一体誰なんだと相手を確認してみれば、それは同僚であり同期でもある相澤消太がいた。
特に約束もしていなかったし、同期連中で遊びに来たりはしてもこいつ一人で私の家に来たのは今までなかった。
どうしたのかと訝しげに思うが、とりあえずドアを開けようとした。

「消太?こんな時間にいったい__」

言葉の途中で止まったのは仕方がないだろう。だっていきなり目の前にいっぱいの薔薇があったら驚きで固まるよ。

「理央、さっさと支度しろ。行くぞ」
「え、……え?待って、なんでそんな身なり整えているの?行くってどこに?てかこれ何?」
「やる」
「やるって……これ花束?なんでこんなに大量に?」
「いいからさっさとしろ。正装だからな」
「正装!?ドレスってこと!?」
「持ってんだろ、それぐらい」
「いや持ってるけど、どこにいくのよ」

その問いには答えず、消太はさっさと支度しろと私を中に押し込めて扉を閉めた。
消太は髭をそって髪も纏めてスーツを着ていた。おかしい。あの合理性合理性ばかり言ってて本当に必要最低限にしか身なりを整えず小汚いなんて言われているあいつが、あんなしっかりした服装をしているなんて。しかも何?ドレス?いや、確かにヒーローやってれば付き合いとかでパーティーとか正装じゃないと駄目なところとか行くから持ってるから、一応は持ってるけどなんで?
疑問ばかりがあったが、身体はちゃくちゃくと支度を整えていく。髪もちゃんと纏めてメイクを施す。ちょうど完成すると、まるで見計らったように消太が扉を開けて中に入ってきた。

「え!?なんで勝手に入ってきてるの!?」
「よし、支度し終えたな。なら行くぞ」

言うな否や、消太は私の腰に手を回して自分の元へ引き寄せた。じっと上から下まで観察するように見てきて、少しの居心地悪さから身をよじるが、痛みはないが力強い腕で腰を掴まれているので意味がない。そして。

「__よく似合ってる。綺麗だ」

耳元で響いた低音に、腰が砕けそうになった。恐らく真っ赤になっているだろう私に、上から消太の小さな笑い声が聞こえ、すぐ近くにある喉が上下するのに胸が音を立てる。そのまま消太に引かれるまま足をすすめ、開けられた助手席に乗り込んだ。

え、待って。何か流されたけどなんで私は素直に着替えて車に乗ってるの?しかもなんかエスコートされた?え、え。
混乱している私を他所に車はどんどん進んでいく。チラリと隣で運転している消太を見れば、いつもある無精髭もなく髪は綺麗に整え、同じ黒なのにコスチュームとスーツじゃ全然違う。それに時間が時間だから外はもう暗くなり、ライトに照らされるその横顔に、せっかく引いた熱がまた顔に集まっていった。

(かっこいいなぁ……)

って、え?かっこいい?消太が?

無意識に自分で思ったことに、頭が混乱する。
だって今までカッコイイとか思ったことがない。ずっと消太とは友達で、仲間で、そういう目で見たことなんて一回もなかったんだ。ただいつもとは違う姿を見て、胸が苦しいほどに鳴っている。

魅入っていたのを逸らして、聞こえるんじゃないかと思うほど高鳴る胸を抑えながら私はなんとか顔の熱を冷まそうとやっきになっていた。
だから知らない。そんな私を見て消太が満足そうに笑っているなんて。


***

「ついたぞ」

車が止まり、言われて見上げた場所は巷でも有名な高級レストラン。

「え、は?何!?どういうこと!?」
「うるせぇ」

混乱もピークに達し、つい叫んでしまえば消太に怒られた。いや説明しろよ。
なんて言っても何も言わない消太。先に降りたのに続き私も降りようとドアに手をかけると、私が開くよりも先に開いた。その先にいたのは消太。そのまま流れるように私の手をとると、車の中から出してくれる。呆然としている間にレストランの中に入り、あれよあれよという間に席についていた。ちなみにここまでずっと腰に手を回してエスコートされ椅子は少し引いて座らせてもらった。しかも個室という高級っぷり。

「……え!?」
「だからうるせぇぞ」
「待って!本当に待って!?説明プリーズ!」
「………おい、外見てみろ」
「外?」

言われて窓を見てみると、そこは壁全てが窓であり、その中には暗いなか輝くように人工の光が散りばめられたとても綺麗な夜景だった。

「うわぁ〜!」

見たこともない光景に、つい魅入ってしまう。しかし消太の方から小さな笑い声が聞こえ抗議のため睨みつけると、彼は口に当てていた手を私の頭に乗せ、セットが崩れないように優しく撫でる。その手つきがまるで壊れ物を扱うように優しく、眼は細まり微笑をたずさえている。その、愛おしいものを見るかのような目つきに、みるみる顔が赤くなるのが分かる。

「どうした?顔が真っ赤だぞ」
「う、ううううるさい!」

今日の消太はどこかおかしくて調子が狂う。料理が来た後も、会話は普段のことや同僚のこと、生徒のことなど仕事が主なのに、不意打ちのように私を褒めたり甘い言葉を囁いたりするのだからたまったものじゃない。
しかも普段の小汚いと言われるほどの格好がなんなんだというほどちゃんとした格好。無精髭と髪がなくなり整った顔が微笑んでいるのを何に遮られることなく見られ、その度に顔が真っ赤になる。消太はそんな私にさらに笑うのだから、きっとからかっているのだ。

「それで、今日は一体何なの?」
「ん?」
「わざわざこんな所に連れてきて。しかもなんかいつもと違うし」
「嫌か?」
「嫌、……じゃ、ないけど……」

確かに嫌ではない。だけどやっぱりいつもと違うと調子狂うし、何を考えているのか分からなければ不気味でならない。
食べ終わって食後の一息をついているときに問いかけてみれば、帰ってきたのは逆に質問。

「お前言ってたじゃねぇか」
「何を?」
「憧れのシチエーション」

その一言で、あの飲み会の会話が思い出され一気に顔が真っ赤になる。

「ぇ、は……?」
「だから出会い頭に花束渡して、目一杯女の子扱いだ」
「待って聞いてたの!?」
「夜景が綺麗なレストラン。だったよな」

あの時話していたのは告白の憧れのシチエーションだ。消太の言葉を信じるのなら今までのことは全部私が語った通りのもの。なら、その理由は。

「理央」
「はいぃ!?」

結論が出る前に今まで聞いたことがないほど甘い声で名前を呼ばれ、思わず変な声が出る。けどそんなこと気にならない。何故ならば、伏せていた顔を上げれば私を真っ直ぐ見ている消太がいて、とんでもないほどの色気を纏っていたからだ。

「何がキッカケだとかどこに惚れたとか、そんな理由なんてなくて、ただ気がついたらお前が俺の中に無視出来ない大きさになっていた。
恋愛なんざ合理的じゃないし誰かと一緒になるなんて面倒なものだとずっと思っていた。だが、お前とならそれも悪くないと思えるんだ」

消太は、小さな箱を取り出してゆっくりと開ける。

「理央。愛している。俺と結婚を前提に付き合ってほしい」

気がついたら、視界が歪んで消太の姿が見えない。
今まで消太を意識したことなんてなかった。だからこう思うのはおかしいはずなのに、それなのに、今私の内に広がるのは"嬉しい"という気持ちただ一つだった。

「わ、私、ずっと消太のことただの友達だと思ってた……っ」
「無意識ってのは本当に厄介だったよ」
「だって……そんな機会なかったし……!」
「だがお前は結構前に俺に惚れてたろ?」
「知らないよ……!」

ああ本当に馬鹿だ。今の今まで自分の気持ちにまったく気が付かなかったなんて。
消太の指が目元をなで、涙が拭かれる。消太が呆れたように見ているのが分かった。

「ここまでやって気が付かなかったらどうしようかと思った」
「……馬鹿じゃないの。こんなキザなやり方」
「お前の要望を叶えただけだ」

___それで、答えは?


そう聞く消太に、私は頷くのが精一杯だ。
満足そうに頷いた消太が、私の左手をとり指輪を嵌める。


愛情フルコース


(で、お前は俺のことどう思っているんだ?)
(!……受け入れた時点で分かるでしょ)
(言葉にしてもらわなけりゃ分からんな)
(………恥ずかしい)
(俺は伝えたのに不公平だろ)
(〜、き、だよ)
(聞こえんな)
(好きだよ!この馬鹿!!)
(馬鹿は余計だ)
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