手放せない存在
「先生」
部屋に有間の声が響く。
「先生、暇です」
「そうか」
「構ってください」
手に持っていた書類から顔をあげ、有間の方を見る。
自分の方を見てくれたことが嬉しかったのか、不満げに机に突っ伏していたのが一気に有間の顔が明るくなる。
「俺は今忙しい」
「知ってます」
だがすぐに書類に顔を戻し、強調するように他のも見せると、見なくても雰囲気だけで彼女が不貞腐れたのがわかる。
分かりやすい彼女についつい笑ってしまいそうになる。けれどここで笑ってしまえばさらに不機嫌になることは目に見えているわけで、それでも微かに口角が上がるのは抑えられなかった。
「あと少し待て」
見ないままにその頭に手を置き言うと、一気に機嫌はなおるのだから本当に単純だ。
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ようやく一段落つき、そういえば途中から静かになっていた彼女の方を見る。
そこには、幸せそうに寝息をたてる彼女の姿があった。
「…………」
こんなにも幸せそうに寝ているのを起こすのもしのびなく、けれどじっと寝顔を見ているとむくむくといたずら心がわきでてくる。
ふと目についたその柔らかそうな頬を、少しつついてみる。
柔らかい。癖になりそうだ。
そのまま少しの間つついたりしていたが、いっこうに起きる気配はない。
「………」
彼女が寝ている場所に移動して、枕にしている腕を引き抜きこちらに寄りかからせた。
部屋のなかということで薄着の服から除く白い首元が目にはいる。
そこに口付けてみた。起きない。
「ん、……」
ならばと試しに少し舐めてみるが、少しだけ身動ぎし微かに声がもれただけだ。
ここまでやって起きないとなると、もう誘っているようにしか見えないのは男のさがだろう。
しかもそれが惚れた女ならなおさら。
据え膳食わねばなんとやら、だ。
服のなかに手をいれ、その肌を撫でながら胸の膨らみを目指す。
「っ、」
けれどそこまで到達する前に有間の目が覚める。
「は、え!?な、なな!??」
今の状況を理解すると一気に赤くなる顔。
「何してんですか!?」
「起きねぇお前が悪い」
「いやいやいや!なに寝ている人を襲おうとしているんですか!」
有間は必死で服のなかにある相澤の手を出そうとするが、力でかなうはずもなくびくともしない。
そうこうしているあいだに優しく押し倒された。
「いや!ちょ、先生!?相澤先生ー!」
「うるせぇ」
「少し落ち着きましょう!」
「お前が落ち着け。それに」
言おうとした言葉は相澤の口で被せられ飲み込まれる。
いきなりのことで無造作に開けられたままの口から舌が入り込み、好き勝手に荒らされる。
「二人のときはなんて先生じゃねぇ」
解放されるとすぐそばに相澤が意地悪な笑みを浮かべてそっと有間の唇に指で触れる。
「っ!……しょ、たさん」
「よろしい」
有間がその名を呼ぶと満足そうに今度は触れるだけのキスをした。
「淫乱教師」
せめてもの抵抗といわんばかりに有間は言うが、彼女は分かっているのだろうか。
その言葉も、その真っ赤になった顔も、その潤んだ目も。すべて目の前の男を煽る材料にしかならないことを。
「好きですよ。消太さん」
「俺は好きじゃない」
「っ!」
「愛してる」
自分の一言で愛しい彼女が一喜一憂する姿を見て、相澤の口角は上がりっぱなしだ。
彼女と自分は生徒と教師で、本当ならばこんな関係になることはなかったはずだ。
それがなぜこうなっているのか。
きっかけは忘れてしまったが、そんなこと相澤にとってはもうどうでもよかった。
禁忌の関係も、聖職者としての一線も。
自分は既に彼女を手放せないまでになってしまったのだから。
手放せない存在
(例えこの関係がお前の為にならないことでも)
(この先お前を悲しませ不幸にさせるとしても)
(きっと俺は、それでも縛り付けるんだろうな)
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