押さえきれぬ想い
彼女は普通科の生徒で本当ならば関わりがなかった。けれど以前代理として普通科の授業に行ったときに初めて会い、それから廊下などで出会うことが増えた。

最初はただの生徒。
他のやつらよりも質問なんかを積極的に聞きにきて、熱心だと思った。
廊下ですれ違えば挨拶をするようになった。
いつもピンッと伸ばしている背中を折り曲げ、綺麗なお辞儀をしてくれた。
猫好きだと知られ、同じく猫好きだったあいつとよく話をするようになった。
ガキみてぇに無邪気な笑顔で話すそのキラキラ輝いている笑顔を見ると勝手に頬が緩んだ。


だんだん。少しずつ。
あいつををただの生徒として見れなくなっていった。


あいつの姿を見つければ柄にもなく浮き足だって、あいつが俺以外の男と話しているのを見ると腸が煮えくり返った。
あいつの笑顔を見れば、それだけで心穏やかになり、あいつの口から俺の名前がでるたびに心臓が脈打つ。


三十路にもなるおっさんがなにいっているんだと。一回り以上も下のしかも生徒にそんな想いを寄せて、気の迷いだろうと自分を誤魔化していた。





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その日の放課後。俺は見回り当番で校舎内を歩いていた。
あいつの教室についたとき、まだ中に人の気配がして少しだけ期待した自分がいる。
閉められていた扉を、出来るだけ静かに開けると、いた。
机に突っ伏し寝ている彼女。

既に教室内には彼女以外いない。
起こして暗くならないうちにさっさと帰らせようとその肩に手をおいたとき、ちょうど彼女が身動ぎし伏せていた顔がこちらを向いた。



ドクン、と胸が高鳴り、彼女の唇に目が釘つけになる。





本当になぜそんなことをしたのか俺自身でもわからない。
ただ気がついたら体が勝手に動いていた。









その小さな唇に、まるで吸い寄せられるように顔を寄せ自分のそれと重ね合わせた。

初めて触れた彼女の唇は、柔らかかった。





なぜ自分がこんな行動に出たのかわずかに混乱しながら、これ以上はいろんな意味でまずいと思いゆっくりと離れようとしたその時。
バチッ、と彼女の目が開く。


「………」
「……………」


見つめあうこと数秒。

みるみるうちに彼女は耳まで真っ赤になった。


「っっっ!!???!?」


転ぶように勢いよく立ち上がり俺から距離をとる。
自分の手で口を覆いながら、信じられないものを見るようにこちらを凝視する彼女に、俺は一気に焦った。


とにかく何か言わなければと口を開きかけた瞬間、それよりもはやく鞄を手に取った彼女が走りだす。しかし普通科の生徒の動きなど高が知れており、彼女の腕をつかんで引き止めた。


「……!」
「そんなに嫌か?」


驚いて振り向いたその瞳には、今にもこぼれおちそうな涙がたまっていた。

謝らなければいけない。言い繕わなければいけない。
けれども、それを見た瞬間に口に出た言葉はそのどれとも違い、自分勝手にもほどがあるものだった。


「泣くほど俺が嫌か」
「………」


有間は答えず、ただ俯いている。


「有間………」
「……なんで、ですか」


ポツリ、と。呟くように有間は口を開き、顔をあげ、その拍子に一粒。涙が流れた。


「なんで先生はこんなことをしたんですか……っ。どうせ私のことなんて、見向きもしないくせに……!」


彼女のこんな顔を見るのは初めてで、本来ならばそんな顔にさせてしまったことにたいして罪悪感もあるはずだ。恋人でもなんでもない年上の男に襲われたなど恐怖以外のなにものでもないというのに。

それでも、その表情に、この状況に、少なからず興奮を覚える俺はもう手遅れなのだろう。


「先生は私の気持ちなんて気がついているんだと思います。だけど、同情なんていらないんです……っ。なんでキスなんてしてきたんですか?そんなことされたら、私馬鹿だから……勘違い、しちゃうじゃないですか……」


「嫌ですって?そんなわけないじゃないですか!私は、私はずっと……!」


その言葉の先を言わせないように、俺は彼女の口を自分のそれで塞いだ。
目を見開いて驚く彼女に、名残惜しさを感じながら触れただけでそっと離す。


その先は、せめて自分からいいたかった。


「好きだ」


目を見て言えば、彼女は信じられないものを見るように呆けたまま。
涙はもう止まっていた。


「え、今……」
「好きだ。有間」


俺の言葉を理解しだすと同時に、どんどん顔を真っ赤にさせてまた泣き出した。


「なんで泣くんだ」
「だっ、て……っ」


苦笑しながら流れる涙をすくってやると、彼女はその手を両手でつかんでこちらに詰め寄る。
顔が思いの外近く、反射的にのけ反ってしまった。
あと少しだけ顔を寄せれば触れ合える距離だが、彼女は気づく余裕がないようだ。


「好きです!相澤先生!大好きです!!」


その言葉を理解した瞬間。俺は彼女を抱き締めていた。




押さえきれぬ想い



(でも先生、寝込みを襲うのは駄目だと思います)
(結果オーライだろ)
(………最初はキチンとしたかったのに)
(ならもう一度やるか)
(え!?ちょ!先生!)

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