例えば明日君が死ぬとして
私は自分で言うのもあれだが、貪欲なほうだと思う。だけど別に物事に執着している訳では無い。手に入らないうちはとても欲しがるが、いざ手に入るととたんにどうでもよくなる。とまではさすがに言わないが、関心がなくなってしまう。そうして次の物。次の物とどんどん欲する。
純粋な力も権力も地位も名誉も財産も。あれもこれもそれも全部全部私は欲しい。
あの人も助けたいこの人も助けたいその人も助けたい。私は全部の命が欲しい。
貪欲に、傲慢に、全てを欲し続ける私を知る者は皆『冷酷』だと言う。最初の内は素晴らしいと褒め讃えていた癖に、いざ私の事を理解すると冷たい奴だと言い募るのだ。
だけど私は私が間違っているとは思わない。
手に入ったものにいつまでも執着してどうする。いつかは終わるそれに、心を傾けても自分が駄目になるだけだ。助けた命にいつまでも関心を残してどうする。それらに心を向けているうちに他のものに手を伸ばせるのだ。その時間を無為に過ごすなんて愚かな行動私はまっぴら御免だ。
だけど私の考えを理解する人間はあまりいない。だから必然的に私の周りには人が少ない。それに何か思ったことは一度もないけれど。








「よお。遅かったな」
「………来てたのか」


ソファに座ったまま部屋に入ってきた消太に片手を上げると、少し呆れたようにため息をつかれた。そのまま荷物を置くと隣に座ってきたので少しズレてやる。


「来るんなら連絡寄越せって言ってるだろ」
「来る気はなかったんだよ。時間がたまたま取れたからだ」
「それでもだ」


何も言わないで私が飲んでいた酒を飲み始める消太に非難の目を向けるが、そんなものは知らんと言うように一気に傾ける。


「一気飲みはやめた方がいいんじゃないか?仮にも教師だろ?」
「知るか」


折角の忠告を意にも返さず、随分と早いペースで次々と酒を流し込む消太。その酒は私が用意したものだということは今更だ。言っても飲むのを止めず、言わなくなったのはいったいいつからだったか。それだけこいつといる時間は長い。もうどうやって知り合ったのかさえ覚えていないほどだ。


「しかし、仮にも警視長官がこんなんでいいのか。この量一人で飲む気だったんだろ」
「あ?」


先程のお返しなのか、わざわざ私の役職を持ち出した消太に眉が僅かに上がる。


「飲まなきゃやってられるかよ」


だが向こうが私の忠告を無視するのだ。こちらが聞く義理はない。
持っていた酒の残りを飲み干し、衝動のままに握りつぶす。



警視長官。
それが私の仕事だ。

人も守れ権力も持てると思って辿り着いたのがそこ。一度目指してしまえば後は簡単で、気がつけばこんな所にまで来てしまった。
だが警察権力だけでは足りない。だからこそ私は個性使用許可証も取得した。なかなか大変だったが、取ったかいはあったというものだ。

警察でありながらヒーローでもある。異質な存在である私を最初はほとんどの、特に警察関係者はあまり歓迎はされなかったが、それも何十年も続けていれば実力は正当に評価される。基本的に職務優先で他のヒーローがいなければ出る。職務外でヒーロー活動をする。そう決めていたからというのも大きいだろう。


「捜査ははかどってんのか?」
「察しろ」


分かっていて聞いてくる消太につい手の力が強まりビールが嫌な音をたてる。

捜査がはかどってるかだって?はかどっているんならこんな荒れているわけがない。
そんな私の心情を言葉通り察した消太は苦笑いしながら軽く私の頭を叩く。


「無理すんなよ」
「無理してでも捕まえるさ。お前の怪我の礼はキッチリ返す」



ヴィラン連合とかいうふざけた名前のやつらが雄英に襲撃きたのはまだ記憶に新しい。あれから時間がたちすっかり元に戻った消太の体は、当時ミイラ男かと思うほど包帯でグルグル巻にされていたのだ。
あの時の衝撃は凄かった。
本庁でその報せを聞いて持っていた書類を落とした。すでに塚内が現場に行っており、あの場にはヒーローが大勢いる。私は"警察"として動いた。そう自分で決めていたからだ。
消太の怪我を聞いてから病院に行き実際にこの目で見るまで、私はどこか他人事のような感覚で仕事をしていた。

自分が選んだ道に後悔はない。警察とヒーローどっちも取ったからこそ手に入ったものや救えた命だってある。だが、あの時だけは消太の元に行きたくて仕方がなかった。消太をあんな目にあわせた屑共に腸が煮えくり返るほどの怒りを感じた。



チラリ、と隣に座る消太の顔を見ると、残ってしまった右目の下の傷が目につき、そっと頬に手を添えながら触れる。


「ん?」
「…………傷、残ってるな」


嗚呼。
執着なんて、生まれてこの方何に対しても抱いたことない思いで、これから先も有り得ないだなんて思っていたのにな。
何かに執着して、悩んで、苦しんでいる奴ら事を馬鹿にしていた。だけど、今ならそいつらの気持ちもわかるかもしれない。
自分がこんなにもこいつに執着するなんて、思ってもみなかった。


「なぁ……消太」
「なんだよ」
「私を置いていくなよ」


傷に触れたまま真っ直ぐに目を見て言うと、消太は目を見開き驚く。けれどすぐに目を細め、頬にあった私の手を掴んだ。


「なんだ?理央がそんなことを言うなんて珍しいな」
「ああ、私自身も驚きだ」
「………約束はできん」
「知っている。私も同じだからな。でも、せめて私よりも早く死ぬな」
「自分はよくて俺にはそれを強制するのか?」


苦笑しながらもその目は優しい。

嗚呼本当に。一度この優しさを、心地よさを知ってしまったら、離れられないな。
今まで他人にどう思われようと、周りから人が離れようともなんとも思っていなかった。だけど、こいつは、こいつだけは。失いたくないと思ってしまったんだ。





例えば明日君が死ぬとして




(私はきっと自分の立場を優先して泣かないだろう)

(だけどただの"私自身"なら、きっと泣く)

(本当ならなんでもなかった日に、お前が死んだという理由で泣き続けるんだ)
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