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寝子の子ねんね



夜明け前の明るくなり始めたばかりの空から射し込んでくる光に意識が起きて。

しかし、まだ眠いと寝返りを打った際に触れた温かいものに気付き、「もしかして、寝惚けた鳴狐君のお供君か五虎退君の虎君が迷い込んできたのかな…?」と思って少しだけ布団を捲り中を覗き込めば、猫のように丸くなって眠る主の姿が在った。


(―え…?)


一瞬、時が止まったかのように思考が停止した。

瞬きを繰り返し目蓋を擦るも、夢ではないのか、目の前の光景は変わらない。

温いものの正体が何かを覗く為に一部分剥いだせいか、冷えた外気に曝されて寒くなったようで、更に身を丸め側に在る僕の温度に擦り寄ってきた主。

思わず、口から漏れたのは言葉にならない呟きのみだった。

頭の整理が追っ付かない。

そうしていると、僕の声に起こされたらしい伽羅ちゃんが「どうした…?」と半身を起こして小さく囁き声で問うてきた。

未だ状況を掴めていない僕が狼狽えていれば、僕の背中越しに此方側を覗き込んでくる。

そして目に入ったものに少しばかり驚いた彼は、僅かに目を見開いて、ぱちり、瞬きを一つだけ落とした。

だが、それもすぐに眠たげなものに戻って呟く。


「…どうせ、寝惚けて部屋を間違えたんだろう…?今日は冷える。今から起こしてわざわざ部屋に戻すのも面倒だ…そのまま寝かしといてやれ。」
「ええ…っ!?ちょ、それ本気で言ってるの伽羅ちゃん!?」
「うるさい…、静かにしろ。今何時だと思ってるんだ…まだ夜明け前だぞ。国永の奴が起きたらどうする…?彼奴が起きたら面倒な事になる以上の問題だぞ。……それに、その様子じゃ、庭に遊びに来る猫と何ら変わりないだろう?仮にあったとしても、猫より幾分デカイのが寒さに引っ付いてくる程度だ。黙って寝かしとけば良い。」
「そ、そんな猫みたいに適当に………っ。」


そう言って彼はまた布団へと戻ってごろりと寝返りを打ち、再び寝る体勢へと入る。

仮にも相手は主、それも女性相手にそんな適当な真似出来る訳ないのに…。

口にはしないが文句を言いたげにもごもごと押し黙っていると、寝入ったと思った彼が背中越しにぽつりと零してきた。


「お前もまだ寝ていろ…。夜が明けるのはもう少し後だ、眠れる内に寝れるだけ寝ておけ…。」
「……もう、他人事だと思ってさぁ………っ。」


もうどうにでもなれ。

そんな気持ちで諸々考える事を早々に諦めた僕は、仕方なく彼女を抱き込み、布団から出ていた為に冷えた身を温め直すべく毛布を掛け直して布団の中へ戻る。

ついでに、寒さを紛らわせようと彼女の肩に顔を埋めて眠った。

いっそこのまま余計な事は考えずに二度寝してしまおう。

彼是あれこれ考えたって解決しない事だってある。

なら、今は静かに寝直してしまった方がきっと良い。

完全に思考する事を放棄した体を取った僕に安堵したのだろう。

その後、彼からは何も言われなかった。

危惧した鶴さんもまだぐっすりと眠ったままだ。

僕も彼等や彼女に倣って寝てしまおう。

気を落ち着ける為に深呼吸したら、彼女の良い匂いも一緒に吸い込んでしまって、やっぱり落ち着かなかった。

でも、眠気には抗えなかったのか、気が付いた時にはすっかり彼女を腕に抱いたまま眠ってしまっていた。


―そして、夜が明けた後の朝、主を起こしに来たんだろう長谷部君の盛大な悲鳴によって起こされた。


「主ィイイイーッッッ!!何故、自室ではなく伊達組の、しかも燭台切なんかの布団で寝てるんですかァー!!?」
「うわ、吃驚した!朝から急に大声出さないでよ、長谷部君…っ。」
「………うるさいぞ…、少し声量を落とせ…。」
「ぅ゙〜ん、何だ何だ朝っぱら……?」
「おい、コレはどういう事だ!説明しろ、燭台切ィ…ッ!!」
「分かった分かった、今説明してあげるから…っ、ちょっと声量落として!せっかく寝てる主が起きちゃう…っ、」
『ん゙ん゙〜…ん、……にゃんらよ、騒がしいにゃぁ………。』
「あ、起きちゃった…。御免ね、変に起こしちゃって。おはよう、主。よく眠れたかな…?」
『んぅ………うん…?何で私、伊達組の部屋…しかも光忠の布団の中に居るんだ…?』
「そういやそうだな?何でいつの間に光坊の布団で寝てたんだ、君?」
「今朝方夜明け前の刻だったか…気付いたら、其奴が寝惚けて自分の部屋と間違えて俺達の部屋に来ていたんだ。そして、そのまま間違いに気付かず光忠の布団に潜り込んで寝ていた。それだけだ…。」
『あれ…マジっすかぁ…そいつぁすまなんだや。…すっかり寝惚けて間違えるだなんて、よっぽど昨日の私眠かったんだなぁ…。確かに夜中に一度目が覚めてトイレに行った記憶はあるんだけども…その後ははっきりとは覚えてなくてにゃぁ…。ははは…っ、漫画みたいな事ってあるもんなんだねぇ〜…。』
「笑い事じゃないですよ、主〜…ッ!!」
「まだ寝起きで完全に覚醒し切れてない彼女に言っても無駄だろう?諦めろ、長谷部。」
「主ィー!!」
『寒い…眠い…。』
「寒いなら、僕の布団に包まっとく…?僕はこれから朝餉作りに起きちゃうけども。」
『うん……もう少し寝かせてくだしゃい…私はおねむでしゅ…。』
「駄目だこりゃ。完全に寝惚けてるな。」
「嗚呼、主…っ、せめて自室の方になされてください…!」
「もう寝たぞ、此奴。」
「主ー!!起きてください!!寝るならご自分の布団で寝てくださいぃーっっっ!!」
「長谷部君…気持ちは分かるけど、今はそっとしておいてあげよう?主、夕べも仕事で夜寝るの遅かったみたいだから…。あと、まだ早朝帯の早い時間で寝てる子達も居るから、声落としてね。他の子達まで起こしちゃったら申し訳ないから。」


一先ず、長谷部君を宥めすかして朝餉の準備に取り掛かりに行くけども、僕だって内心穏やかには居られなかった。

だって、あの主が寝惚けて戻る部屋を間違えちゃう、おまけに僕の布団に入ってきちゃうだなんて…可愛過ぎて参っちゃうよ。

ただ寝惚けて布団に潜り込んできてるだけなら仕方ないな、って程度で済ませたんだろうけどな…。

伽羅ちゃんじゃないけども、本当の猫みたいに擦り寄られたりなんかしたら、そりゃいつも通りの平常心で居られる訳がないだろ。

さっきも何とかいつも通りを装って格好良く接してみたけれど、大丈夫だったかな…?

変なとこも無く違和感無く居られたかなぁ。

そんなこんな何とも言えないモヤモヤとした気持ちを抱えながら服を着替えて厨へと向かうのだった。


―その後、今度こそしっかりと起きて覚醒したらしい主と朝餉を共にしながら、今朝方の騒動について改めて訊いてみた。

そしたら、やっぱり無意識だったらしく、何も覚えていなかったのだった。


『あ゙ー…そういや何か騒がしかった記憶はあるなぁ…。うん…たぶん完全に寝惚けてたんだろうなぁ、私…。何も覚えとらんわ…。昨日の晩は寒かったから、そのせいも相俟って光忠達の部屋に行っちゃったんだろうね〜。変に迷惑かけちゃって御免ねぇ?』
「そんな、気にしないで?主が寒くもなく安眠出来たなら、それが一番だから。」
『そう、なの…?』
「うん。だって、僕個刃にとっては損なんて無かったんだし、寧ろ役得だった訳なんだし…。……あ、や、な、何でもないよ…!とにかく、気にしないで!」
『…?』


疑問符を浮かべる主は不思議そうにしていたけども、今はそっとしておいて欲しかったから、そう言って適当に暈して逃げるのだった。

その時の僕ったら、きっと格好悪かっただろうな…。

今日一日、僕は一人どうしようもない気持ちを抱えて微妙な一日を過ごすのだった。


―その夜、主は夕べの間違いを起こさない為の対策に、鳴狐君にお願いをしていた。


『鳴狐ぇ…今日の夜も冷えるから、どうかお供の狐を貸してください…!』
「気持ちは分かるけど…寒いから、駄目。」
『そこを何とか…!』
「申し訳ございません、主殿…っ。鳴狐がこう申しておりますので…。代わりに、五虎退殿の虎を一匹借りてきては如何でしょうか?私めはこの身一つしかない故に代わりはありませぬが、彼方ならば五匹居りますから、一匹くらいならば借り受ける事も出来るのでは…?もし、それも駄目でしたら、同じ狐の身であるこんのすけ殿など如何でしょう!きっと訳を話せば快諾してくださるのではないでしょうか!ねぇ、鳴狐?」
「…そうだね。一度頼んでみるのが良いと思う…。」
『有難う!参考にしてみるよ…!』


そう言って、主は早速五虎退君のところへ行って、五匹居る虎君達の内の一匹を借りる事に成功したらしく、満面の笑みを浮かべて寝床に戻っていた。


『これで、夜中に寝惚けて誰かの部屋にお邪魔する事もないし、変に誰かの布団に潜り込んじゃう事もないね…!』
「うん、そうだね…。」


内心、凄く微妙な気持ちのままそう返したけれど、本音を言うと、別にまた僕のところへお邪魔しに来たって構わなかったんだけどなぁ…って事は、敢えて口にする事はなかったのだった。

だって、あまりにも格好悪過ぎると思ったから。

彼女の前でくらい格好良く居たいから、頼る相手が僕じゃなかった事に対する不満についての気持ちにはそっと蓋をする事にするのだった。


執筆日:2021.03.09