旅立つ

平穏が戻った、と感じた。とは言っても痛々しい傷跡を残す海上レストランを再開させるためには少し奮闘しなければならない。店員食堂はいつもより変わった雰囲気であった。サンジは違和感を覚えながら、「まずい」と口にする料理人達に怒り外に出ていく。

下手な芝居ね、と打算の浅さに愛着を持ちながらルフィと共にスープを平らげた。サンジの料理が不味いなど、今まで誰も口にしたことないというのに。

「にしても上手えなあ」
「…ルフィはサンジをどう思う?」
「あいつはいいやつだ!」
「、そうね」
「んでもっておまえは強え」
「どうして?」
「ってゾロも言ってんだ」
「?」
「俺は海賊王になるんだ!だからよ、サンジとシナも俺の船乗れよ!」
「、唐突ね」
「偉大なる航路に行こうぜ!お前の故郷もそこにあるんだろ?」
「あら、どうしてそれを?」
「ゼフから聞いた。あと、お前を連れてくようにって」
「オーナーは何を言ってるのかしら…」
「ん、なんだ?」
「私からもサンジはお願いしたいわ。ちょっと彼のところへ行くから待っててくれる?」
「?おう」

先程までとルフィの印象はまるで変わった。何かやらかす雑用だった彼は、自分と同じ能力者であって、しかも大きな野望を持った魅力ある青年だった。サンジが心を動かされるのも合点がいく。みんなが頑張って追い出そうとするのなら、私は背中を押すべきである。





扉が開いた音がして、振り向いた。そこにはグリーンのワンピースを着たシナがいて、眉間にシワを寄せたままだった自分の表情が、自然と表情は緩む。

「かっこいい顔が台無しじゃない?」
「おっとレディーの前で…シナに言われちゃァおしまいだ」
「迷う必要なんて、ないんじゃない?」
「、んー…」
「もう。オーナーもサンジも不器用すぎて見てられないわ」
「そ、それは」
「このレストランは私に任せて。どうにかなるわ」
「…シナは俺について来てくれねーの?」
「…え?」
「俺は、…惚れた女の子にはそばにいて欲しい、な」
「…そういうのは、私に言うべきじゃないわ」
「…おあずけ、か?」
「そういう意味じゃ、」
「俺には高嶺の花かもしれねえが、…」

煙草を持ったまま、反対の手で髪を撫でた。陽に照らされた顔は幾分と美しく、気づけばその額に軽く口付けをしていた。そばにいて欲しい、なんて望んではいけないのだろうか。初めて見た日から、とっくに心はシナに奪われているのに。





「おい待て。俺も行く、」
「サンジ!?」
「こいつらに、下手な芝居までさせちまったみたいだしな…」
「な、なんだてめえ!!」

相変わらず素直じゃない男達である。少し恥ずかしそうな料理人たちを残してサンジは荷物をまとめに向かった。お皿を1枚無駄にして、と悪態をつくと少し恥ずかしそうにすまないと謝るオーナー・ゼフは、遠い海の向こうを見ていた。その後、ぞろぞろと皆サンジの船まで移動していく姿はどれもあまり元気がない。

「寂しいのね、」
「んなっ!違う!」
「ふうん…素直じゃないの」
「…うるせえな」

元気がない。それはもうサンジも同様であった。思い出が多すぎるのだ。迫る別れに足取りはどこか重く、皆の間を通るのさえ顔の作り方が分からない。すると上の方から、聞きなれた恩人の声。

「風邪、引くなよ」
「っ…!オーナーゼフ!」
「…、」
「今までっ、…くそお世話になりました…!この、御恩はっ!一生、!忘れません!!!」

ぎゅっと、胸が締まるような感覚だ。堪えていた涙が皆、ぽたぽたと流れていく。やっぱり素敵な場所だ、とシナはつくづく感じる。心の底から思い合う彼らは長い付き合いの中で生まれた絆がそれを実現させているのだから。

「お?、シナは来ねえのか?」
「私?…私はここの看板娘よ?」
「…シナお前も行け」
「え?」
「会いに行ってもいいんじゃねえか、…あそこにいるんだろ?あいつらは」
「、オーナー…?」
「おめーも用があんだろ?!んなら話は早え!行こう!」
「わ、たし?」
「それと俺、シナに興味あるしっ!」
「えっと」
「なあにレストランは俺らがどうにかやるさ!」
「まかせとけ!」
「ーーーそもそもおめえは、ここにずっといるような玉じゃねえんだ」

ゼフはやはり、全てを諭すみたいだった。いつの間に知っていたのだろうと驚きながら、ルフィの顔を見ると、自身に溢れた表情を、些か清々しく眩しいと感じてしまう。

「ルフィ、…私の部屋も空いてるかしら?」
「おう!もちろんだ!来てくれんのか?!」
「ええ…お願いしたいわ」
「よっしゃあ!ドンと来いや!!」

太陽より眩しい笑顔だった。充てられたように笑顔で返す後ろで、ゼフも微笑んでいたことには気づかなかった。旅立ちの日である。送り出すものは、やはり笑顔で別れを告げなければならない。

「早速すぐ乗りたいところだけど… 女は準備が多いの。先に行ってて貰うことは出来る?」
「なんだ?今乗らねえのか?」
「少しすることがあるから…ローグタウンで落ち合うことは出来る?」
「んあ!いいぞ」
「助かるわ。 ありがとう」
「シナ俺も行くぜ?」
「サンジはあの女の子を助けてあげて。…なにか嫌な予感がするから急いだ方がいいわ」
「、分かった」
「んじゃまた後でな!」
「ええ、あとで」

波を割いて船が進む。サンジの涙と、バラティエの涙と、全部は海と共に同じところで混じりあっていくのだ。













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