始まり

1年ぶりに地に足をつけた気がする。不安定な海の上とは違い、しっかりとした足場はまだ足には慣れないようだ。

「…久しぶりね、」

大きく描かれた"海軍"の旗ーーーこの中で男は煙をふかして椅子に腰掛けていた。煩わしい部下の足音に睨みをきかせると、その後ろに感じた異様な感覚に咄嗟に身構えた。それでも、すぐに見えた先には待ち焦がれていたあの姿。

「…!おまえ」
「元気だった?スモーカー」
「おまえよ…来る時は連絡しろって」
「サプライズは嫌い?まあそんな柄には見えないけれど、」
「ぬかすな。…何しに来た」
「ちょっとお別れを言いにきたの」
「あ?」
「東の海を出ることにしたわ」
「…聞いてねえ」
「だから今言いに来たのよ」

2人はもう長い付き合いになる。初めて出会って8年後、死んだとされていたシナが海上レストランで働いていた時には心が震えるようだった。あの"魔女"として名を連ねた女が生きているとなれば大佐として捕まえなければならない。だが、結局それをせず3年間彼女を匿い続けたのは、自分から遠く離れることを惜しいと感じてしまったからなのだろうか。

「おまえそれがどういうことか分かって言ってんのか?」
「また追われる人間になる、それだけ」
「俺は認めねえ」
「!自分の身は守れるように鍛錬したつもりよ」
「そうか?それならてめえは、」
「…っ、」
「こうされても、身は守れてるっていうのかよ」
「離、しっ!」
「聞こえねえな、」

簡単に掴める細い腕。こちらに引き寄せると彼女の身体はあっという間に組み敷かれて、すぐ目の前には綺麗な顔があった。確かに気が強い上に、能力者としては超一級である。だがこいつは女だ。足元なんざいつだって掬われてしまう。まだ、自分の元に居た方が安全である。自分の手の届く範囲に居れば。

「気を許している相手に楯突くなんて酷いじゃない?」
「そりゃあ怠慢だ」
「あらそう」
「俺は海軍だ。おまえを捕まえる義務はある」
「あなたは私を捕まえない」
「なんでだ」
「あなたは、強いから」
「、なんだそれ」
「私を捕まえて手柄を獲るような狡い真似しなくてもいい人だもの」
「分かんねえぞ?」
「…白ひげに会いたいの。用件が終わればすぐ帰る」
「突然だな」
「会わなきゃ行けない、気がするの」
「それはあれか、おまえの能力か」
「…分からない。でも偉大なる航路には一度行かないと、気が済まない」
「…」
「何と言われても私は行く気よ」
「……そうか、」
「ええ」
「、じゃあ死ぬな、」
「え?」
「絶対に死ぬんじゃねえぞ」

スモーカーの目が少しだけ哀愁を帯びている。なんとなく、その言葉の意図を受け取って、その目を自分の手でなぞった後に軽くキスをした。込めたのは今までの感謝と誓いの承諾。煙臭さを気にならなくなったのは、それも付き合いのお陰なのだろうか。

顔を離すと、スモーカーの逞しい腕に包まれて身動きが取れない。先程までの煙はもう何処かに行ってしまっていた。

「…苦しい、」
「黙ってろ」
「私人を待たせてるの。降りるわ」
「いつ、行くんだ」
「今日よ。船に乗り合わせていく」
「…"華月"だってこと、バレんじゃねえぞ」
「ええ、分かってる」

しばしの別れだと。多分言い聞かせる他に無いのだろう。シナの目はいつもになく本気である。自分にそれを翻す権利はない。


「またね、スモーカー」
「ああ。さっさと言って帰ってこい」














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