歓迎の町

ウイスキーピークの夕日は暮れていく。

「おお!この兄ちゃんは10人抜きだ!」
「こっちの姉ちゃんは12人!なんて酒豪だ!」
「見ろよ!金髪の兄ちゃんは20人一斉に口説いてやがる!」
「おいおい、なんだ?!こっちの姉ちゃんは男30人惚れさせちまってる!!」
「なんて賑やかな海賊なんだ…!」

やがて夜が更けていく。賑わっていた部屋内も静寂に包まれ出した時、いくつかのゆらりと影が揺らめく。やはり、と感じたのはゾロだけではなかった。屋根の上。見下ろすと先程までとは異なる顔を持った人集りがある。

「悪いな…あいつら寝かしてくんねえか?昼の航海で疲れてんだ…」
「!」
「ざっと100人か…俺が相手になる、!」
「あら、…私も混ぜてくれる?目が冴えてしまって」
「き、貴様も…?!」
「なんだ、起きてたのか?」
「この街に入る前から胡散臭すぎて、寝れたもんじゃないわ」
「へえ…聞くがシナ。おまえは強いか?」
「ええ。あなたの邪魔にはならないわ」
「フ…ならいい」

筋肉質な男の影と、華奢な女の影。なんとなく様になった二つの影が、月明かりに照らされる。空気が澄んでいるので何かと月がはっきり見える。降り注ぐ光の分に比例して、能力は大きくなっていく。

「バロックワークス、…相手になるわ」
「なぜ、その名を…!」
「1度お誘いいただいたことがあるの。興味がなかったから断ったけれど」
「奇遇だな…俺もだ」
「だから昼は同じところに引っかかったのね」
「そんなとこだな」
「我社の秘密を知った以上生きて返しておられん…!おまえら!行くぞ!」
「シナ、お前はまだ動くな」
「?」
「最初はオレが行く。」

にやりと不敵に笑ったゾロは、一瞬の隙に下の人集りの中で暴れ出す。まるで身体がずっと疼いていたかよ様な動きに、嫌でもそれを目で追ってしまう。そうなると何もすることがないので、腰を下ろしてそれをただ見守るのは、あまり面白くはない。それでも、ゾロは生き生きと力を発揮しているようで、彼の楽しそうな狂気に満ちた笑みを、嫌いではないと北叟笑む。

「こ、こうなったら、!女からさっさとやるぞ!!」
「退屈だわ…」
「いけ、!」
「ーーールナティックな夜ね」
「?!」

背後から近づく姿は、彼女にとって滑稽でしかない。月は全てを見ているのだ。腰元に仕込ませていた銃の引鉄を降ろす。振り返らずともその場所は掴める。

月が照らす夜ほど、女が女であり美しく輝く場所はないというのに。

「おやすみ。良い夢を」

後ろで聞こえた醜声は、銃音でよく聞こえなかった。





「ふー…やっといい夜になったな…」
「、本当に」
「やっぱり、おまえただもんじゃねぇな?」
「なにそれ」
「初めて会った時からなんとなく感じていた…直感ってやつだ」

再び街が静けさを取り戻した。聞こえるのは男女の会話声だけで、酒を煽っている姿をシナはちらりと見た。それに気づいた飲むか?と問うと、言われるがまま彼女は一口だけ瓶に口付ける。月夜に染まる酒は、どうやら好物の一つらしい。

「…額、」
「?ああ…こんなのどうってことねえ」
「切れてるじゃない。ちょっと貸して、」
「…!」
「まああなたにとっては取るに足らないと思うけれど」

額に手を翳された。すると微温い熱と共に傷が引いていくのが分かる。最後に優しく触れると、完全に傷はなくなり綺麗な額に戻ってしまった。まるで、狐に茶化されたような、そんな気分。その白い手をただ見つめるだけの自分を見て、女は小さく笑う。

「能力の一つか?」
「察しの通りよ」
「へえ…こりゃすげえ」
「大きな傷程時間はいるけれど、おおかた治るわ」
「それで全てなのか?」
「いいえ。この能力には…たくさんあるわ。あの月が全てよ。癒すのも引力も見るも阻むも、狂気さえも…全てを担える。政府も喉から手が出るほど欲しがっている」
「!おまえ、"華月"か?」
「ええ、」
「死んだと噂されてたが…生きてたんだな」
「幼い私を守る為にそういうことにしたわ。ありがたいことに写真には取られてなかったからうまくここまで逃げれた」
「へえ、」
「でも、もう逃げるのはやめたの。隠し通せる事ではないのはなんとなく分かってたし、疲れた」
「捕まる気なのか?」
「、それだけはないわ。そのために力は付けた。それに、共に進む仲間も、ね」
「…それは心強えな」
「ええ…頼りにしてる」

月明かり。女は、その光こそが自分の一番の術であることを知っていた。微笑んだ彼女の甘美な表情にドキリとした。初めて見た時から、なんとなく感じていた魅力。ーーー美しさに見える儚さのようなものは女である以上に何かを予感させるものがある。

「シナ、」
「ん?…ちょっ、」

思わず掴んだ腕は予想よりも細かった。引き寄せればあっという間にこちらに導かれる。

「期待通り…守ってやるよ」
「、酔ってるの?」
「いや、これが普通だ」
「そう…意外と手が早いなのね」
「はあ?俺は、イイと思った女にしかしねぇ、」

腰を抱かれてしまえば、一瞬にして身動きが取れなくなった。もう片方の手で顎を押さえられて、次には唇に柔らかい感覚がした。アルコールの匂いがする。だんだんと深まっていくソレは、優しいというより手荒く、息をする暇さえ与えてはくれない。

「っ…、どういう、つもり?」
「シナは…眉毛野郎に惚れてんのか?」
「サンジ、?いいえ彼は恩人よ」
「そうか…ならいい」
「?!ちょっと、!」

体勢が一気に変わり、押し倒されるような形でゾロの顔が上にあった。足の間に捩じ込まれた屈強な身体が、自分の身体の自由を奪う。気分良さそうに口に酒を含ませるゾロのその姿は、いくらか色気を感じさせて、退いて、と抗おうにも次の瞬間ゾロの口から流し込まれるお酒によって、一切の抵抗さえ許してくれなかった。なされるがまま、酒を受け入れた。度数の強いそれのせいか、頭がくらくらとする。定まらない視界の中で、ゾロがいっぱいに映った。

「もう一度言うが、」
「…、」
「俺は欲しい女にしかこういうことはしねえ」
「ゾ、ロ 」
「安心しろ…おめーは俺が守ってやる」

最後にされたキスは、いままでの強引さを突破らったような軽いキスだった。

「それは…助かる」
「はっ…まあ今はせいぜい息でも整えてここで待っとけよ」

満足したのか奪うだけ奪って、ゾロはまた騒がしくなりだした下に降りていく。

やられた。一本取られた、というように空を仰いだ。スモーカーといい、ゾロといい、最近どうも自分の危機管理が徹底してないようである。困る、自分の身はしっかり守らなければ示しがつかないというのに。

「、 …はあ」











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