そう、運が悪かったのだ。

無事に第一志望の高校にも合格でき、そこに通う日々。何事もなく平和だった。相変わらず知識欲は尋常じゃなかったが。




そんなある日、悲劇が起こったのである。この日のことは画面を見なくても鮮明に思いだせる。


その日は、修学旅行で俺は大いに楽しんでいた。だが、トランプに興じていた俺の部屋に飛び込んできた真っ青な担任。その口から発せられた言葉は、耳を覆いたくなるようなものだった。


大急ぎで荷物をまとめて、病院へ向かった。火事に巻き込まれたという家族が運ばれた、病院へ。心臓がうるさかったのをよく覚えている。

心臓の音だけが響く、薄暗い廊下。遠くにたたずむ人がいた。それを兄だと認めると、安堵と共に駆け寄った。

「兄貴! よかった無事で……父さんと母さんは?」



「あ……――」










俺を認めて、掠れた声で名前を呼んだあと、兄は俺を抱き寄せ、大声で泣き始めた。十歳上のしっかりした兄が子供のように、年下にすがりながら泣いている。二人がどうなったのかは想像に難くなかった。














もう、二人には会えないのだなとやけに冷静に思った。


どうやら、

運悪く、家が放火の被害に遭ったらしい。

運悪く、家にいないことが多い父もいる日で。

運悪く、夜型人間が多い家の、全員が寝てしまっていて。

運悪く、眠りの浅い兄も、その日は疲れていて。

運悪く、勘が鋭い俺が不在で。

運悪く、その日は通行人が少なくて。

運悪く、両親は出火元に近い場所で寝ていて。

運悪く、路上駐車の車のせいで消防車が通れなくて。

運悪く、二人は、死んだ。

幸運は、俺が家にいなかったことと、兄は逃げることができたこと。そして、兄は俺を育てられるだけの余裕があったこと。


「俺も、働くよ。高校やめて」
「いや、お前は大学まで行け」
「でも……」
「確かにしばらくは厳しいが、二人が遺してくれた金もあるし、爺さん婆さんも助けてくれるって言ってる。お前は優秀なんだから、最大限生かせ」
「……わかった」
「お前が、修学旅行に行っててよかった」
「え?」
「お前までいなくなってたら俺は生きていけない」
「……そう。俺も、兄貴が無事でよかった」









































テレビは、両親の葬式を映し終えると、『プツリ』という音を立てて消えた。

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