第05話 『血の能力』
戻ってきたんだとわかった瞬間、ふらつく体を叱咤して病院に行った。
右腕の怪我以外ほとんど外傷はなく、貧血だと言われ、輸血してもらい、増血剤を貰った。
そりゃあれだけ血を流したんだから貧血にもなるわよな。
家に帰ってあれから5日経ってることに気づいた。
あっちの世界とさほど時間の進み具合は変わらないらしいこともわかった。
そしてあの日々は夢ではなかったのだと…右腕の傷が教えてくれた。
でもわからないことがある。
どうして
どうして
ルミナが死ななければいけなかった??
今は
あっちの世界に行くのが恐い………
***
カーテンの隙間から差す朝日があまりにも眩しくて目を覚ました。
泣きながら眠っていたのかと思いながらクシャクシャの髪の毛をさらにかき回した。
何も食べずただベッドに寝転がって何日が経っただろう。
真っ赤な目は何日泣きっぱなしなんだろう。
ふとブラックホークのみんなの顔が頭に浮かんだ。
「仕事……さぼっちゃった。」
誰も返事なんかしてくれなくて、空虚なこの部屋が急に寂しく感じた。
誰かに縋り泣きたい気分だ
そういえば
「…結局皆にお土産買ってない。」
寝返りをうてば、ベッドからだらしなく左手が滑り落ち、テレビのリモコンに触れ電源がついた。
今まで静かだった部屋にアナウンサーの声が響く。
『おはようございます、今日は全国的に雲一つない快晴でしょう。』
ちらっとテレビを見て驚愕した。
「な!」
こっちに帰ってきたのは20日。
テレビに表示されているのは26日。
6日も飲まず食わずで泣いていた自分。
そんなにも経っていたなんて…
それでも鮮明に頭に残っている
ルミナの笑顔と男の血。
「………あの男、いっぱい血が出てた。」
死んだのだろうか?
私は人を殺したのだろうか。
罪は購うべきだ。
本来ならば関わることなどなかった。
関わるべきではない。
でも関わってしまった。
それは変わらない真実。
もう充分後悔して泣いた。
ならば
「行こう。」
自分の罪と向き合うために。
***
とは決めたものの……
「どうやってトリップできるの?」
とりあえず…
「神様!!私をアヤナミさんたちのところへ連れてって!!!」
シーン。
やっぱダメか。
とりあえず何か飲もう。と足を動かした瞬間、
「うぎゃぁっ!!」
小指を机の角で打ち、机の上に乗っていた鏡が落ちてしまった。
う゛ぅ…地味に、地味に痛い。
落ちてしまった鏡を拾おうと手を伸ばして気がついた。
そういえばあの時、この鏡を拾って帰ってきた。
思い返せば、最初トリップしたときも鏡を抱きしめて眠っていた。
あ〜お母さん、この鏡はナンデスカ??
鏡を覗き込めば執務室が見えた。
今なら……ここにトリップできたりする???
「……名前、いきまーす!」
私は…鏡に触れた……
***
触れて瞬きをした瞬間、やはり落ちる感覚がした。
執務室なら打ち身一つぐらいで済むだろうと、いつかくるであろう衝撃に身を縮めた。
思ったとおりすぐさま衝撃はきたものの、それはふんわりとした衝撃でしかなく、どう考えても床に落ちた衝撃ではない。
しかし、右腕の傷口が痛み、一瞬顔を歪ませた。
恐る恐る硬くつぶっていた瞼を開ければ、すぐそこにアヤナミさんの顔が見えた。
おぉ!これが俗に言うお姫様抱っこか!
「ただいまです!」
右手を軽く上げて笑顔で言えば、一瞬にして床に落とされた。
「きゃう!!」
お尻、お尻打った!
腰もなんか痛い!
こんなことしてたら(っていうかされてたら)傷口開く!!
「ひどい!初☆お姫様抱っこが虚しく終わったぁ!!」
相変わらずの無表情で見下ろされる。
あれ?なんか怒っていらっしゃる??
そりゃそうだよね〜。
5日間の無断欠勤に、今日は遅刻だもん☆
「アヤたんナイスキャッチ!!」
ヒュウガ少佐の声がして横を見れば、彼は親指を立てて笑っていた。
「できればオレがあだ名たんお姫様抱っこしたかったなぁ〜」
アヤたんずる〜い。と私に近づいてくるヒュウガ少佐。
他のみんなも、驚いた様子で近づいてきてくれた。
「ほんとに急に落ちてきましたね。」
「ね、コナツ。俺の言ったとおりでしょ?」
「ハルセ!僕もお姫様抱っこ!」
「はい、クロユリ様。」
あれ?
心配してくれてないの??
「今までどこにいた。」
「元の世界に帰ってました!」
「こんなに長く帰ってこなかった理由は。」
泣いてました!
なんて…言えるかい!!
「…あ…その…黙秘権を!」
「貴様にそんなものはない。」
まーじーで?!
言えないに決まってんじゃん!
「…ムリ。言えない。」
うっわ〜きついなこの空気。
重いよ。
「ま、アヤたん。無事に帰ってきてくれたんだし、それだけでいいってことで…」
「……無事?」
アヤナミさんの眉間に皺が一気に寄った。
そして見えないぐらいの早さで私の右腕を掴みあげる。
「っ!」
激痛が全身を駈け巡る。
「…怪我をしてるな。」
「いやいや、アヤナミさんの掴み方が痛いだけかも。」
誤魔化して笑えば、さらに強く握られた。
いだだだだだだ!!
「あだ名たん、脱いで♪」
こんなときにまでセクハラ発言ですか?!
「脱いで脱いで♪」
ってぎゃー!!
ほんとに脱がすなぁ!!
「やめんかいエログラサン!!セクハラセクハラー!!」
だいたい半袖なんだから脱がなくても捲りあげればすぐに見えんじゃん!
「名前さん、失礼します。」
あぁ!カツラギ大佐まで何を?!
あ〜れ〜〜。
カツラギ大佐に袖を捲られれば、白い包帯。
それも抵抗虚しく、あっさりと解かれてしまった。
まだ生々しい傷跡が外気に晒される。
「これは…」
「これですか?これはですね〜ちょいと転んで壁にぶつけてザクッと!そりゃもう見るも無惨にザクッとね!」
「うん、わかった!」
「ほんと?よかった!!」
「あだ名たんは嘘が下手だって。これ…刃物で切った切り口だよね。」
なんだよ、騙されたフリかよグラサン。
てかなんでわかんだよ!
「誰にやられたの?」
クロユリが心配そうに見上げてきた。
「男に。」
やっべ!
あんまりにもクロユリが可愛すぎて口がすべっちゃった!
「名前さんが消息を経ったその日、路地裏で奴隷の死体とその傍らに血だらけの男が倒れている事件がありました。しかしその周りに流れていた血は3人の血。奴隷と、男と…あと一人の誰か。それと何か関係でも?」
その話を出された時点で、なんとなく察しがついてるな。と思った。
明らかにカツラギ大佐は、その三人目の血を私ではないかと疑っている。
奴隷の死体…か。
ルミナ…
やっぱり死んじゃったんだね。
男は??
生きてるの?死んだの?
怖くて聞けないなんて…
情けない…
それにさ、まさか・・・こんなにも簡単にばれるなんて失態だなぁ。
「その『誰か』の血は…私のです。」
「…ですが、腕から流れ出た血にしては量が多すぎます。他にも怪我して…」
「してない。腕だけ。自分でも訳、わかんないけど……血が…」
勝手に…
「あの男を刺したの。」
首を傾げるコナツ。
そりゃそうだ。
自分でもわけわかんないんだから。
「ま、百聞は一見にしかずっていうしね。できるかわかんないけど…ヒュウガ少佐、悪いんだけどちょっとだけ私の指切ってくれる?」
え?と聞き返すヒュウガ。
「切り落とさないでよ!ちょっとだけ!ちょっと血が出る程度でいいから。痛くしないでね!」
「無理ゆーなぁー。」
と苦笑いしながら、腰に差してある刀で人差し指を少し切ってもらった。
プックリと滲み出る紅い血。
この前はこの血を無意識に操っていた。
意識すればもっとしっかり操れるはずだ。
深く息を吸って全神経を傷口に集中させれば、急に傷口が熱く感じた。
「…できた。」
右手を見れば血で出来たナイフのようなもの。
触っていい?
とヒュウガが手を触れれば、それはスパッと切れた。
「わ〜切れ味いいねぇー。」
切れた人差し指を口に入れるヒュウガ。
「大丈夫?」
「余裕。」
「…なるほど。こうやって男を刺したのか。」
見ていただけのアヤナミさんが私に近づいてきた。
そんなに遠く離れていたわけじゃないから、ほんの数歩で近くまでくる。
「そう。」
「男を刺した理由は。」
「言えない。というか、言わない。」
口にだせば、泣きそうになる。
「頑固なやつだ。」
「アヤナミさんに言われたくないもん!」
「あ、あの…そろそろそれ、しまいません?」
コナツが私の血を指差す。
「あーコレね。一度血を出したら入ってくんないのよ。だから…」
集中するのを止めれば、血は重力に逆らわず落ち、床を濡らした。
「こうするしかないんだ。」
「なるほど、あの大量の血の理由の謎が解けました。」
「へへへ…」
カツラギ大佐の微笑みにつられ、私も少し微笑めば視界が一瞬真っ白に染まった。
ガタッと膝が折れ、後ろにいたハルセに支えてもらう。
ただでさえ血が足りてないって時に使うんじゃなかったなぁ…
おかげでまた貧血に逆戻り。
うえ、気持ち悪ぅ…
「貧血ですか?」
「うん。」
「今日まで休め。」
アヤナミさんはそれだけ言うと、踵を返して執務室を出て行った。
「ん〜いいのかなぁ、5日も休んでたのに。」
「あだ名たんはそんなこと気にしない気にしない!お部屋まで運びましょうか?お姫さま?」
…
「お姫様抱っこで?」
「お望みなら♪」
……
「コナツ!おんぶ!!」
「え?僕ですか?!」
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