コナツさんは一体どういった顔でこれらを取ってきてくれたのだろうか。

私の手には軍服一式と下着。

朝起きたら人間に戻っていたが思い切り喜ぶ暇もなく裸ということに気がつかされ、流石にシーツを巻いて自室に戻るわけもいかないということで、コナツさんが私の自室に服を取りに行ってくれたわけだが。


「むむ〜。」


気になる。


とりあえず着替えながら考えてみる。

だが、あっさりと答えは出た。
こちらに背を向けて立っているコナツさんの耳までもが赤いことから全てを察せた。

いやーコナツさんは今日の私の下着がベビーピンクだと知っているのか。
何だか恥ずかしい。
でも、何より気恥ずかしいのはコナツさんなのだろう。


……っていうか、白とか黒とか黄色とかあった下着の中からベビーピンクチョイス。
よし、これからはピンク系の下着を重視して買うことにしよう。


「因みに何でここにいるんですか。今までどこに行っていたんですか。何で、その、…何も着てなかったんですか。」


恥ずかしさからなのか、コナツさんが珍しくマシンガントークで質問してきた。

私はとりあえず下着をつけて、軍服に手をかけたところで「今まで猫になってたんです」と正直に答えた。


あーしゃべれるって素晴らしい。


「えっ?!?!?!それ本当で、」


あまりにも驚きすぎたのか、コナツさんは私が着替えていることを忘れたように振り向いて、またすぐに正面を向いた。

更に耳が赤くなっている。

さすがに下着姿を見られて私も赤くなったけれど。


「すすすすみません。」

「いえ。」

「…それにしても、それ、本当ですか?」

「はい。気がついていたら猫になっていて。」

「そういえばさっきからあの猫がいないですけど…」

「そうです、あの猫が私だったので。」

「……随分と猫らしくない猫だと思ってました。」

「そうでしょうね。むしろあれは不気味ですよ。」


だって猫がティーカップ持って紅茶飲んでるんですよ?
写真撮っても合成だとか言われそうだ。


軍服に袖を通し終えると、「着替え終わりましたよ」ととりあえず告げておいた。
ずっと直立不動なものだから少し笑える。

私がずっと体に巻いてグシャグシャになった布団をベッドに綺麗に戻していると、ふいに後ろから抱きしめられた。


ピタッと固まる私の体。
温かい体温が背中からじんわりと伝わってくる。


「帰ってなくてよかった…。」


まただ。
またあの辛そうな声。


「帰りませんよ。だってコナツさんと離れたくないですから。もし急に帰ってしまったとしても、またすぐにこっちに戻ってきます。」

「名前さんがいなくなって後悔していたんです。もっと早く好きだって伝えていればよかったって。」

「…私も。私もです。猫になって言葉が伝わらなくてすごくもどかしくて。何で早く好きって言わなかったんだろうって思いました。」


体の向きを変えて小さく微笑みを向けると、コナツさんは小さく私の唇にキスを落とした。


「好きです、名前さん。」

「私も、好きです。」


私はそっとコナツさんの頬に手を添えた。


「だから、もう昨日みたいに辛そうな顔しないでください。」


そう言えば、コナツさんはハッとして頬を赤く染めた。


「そ、そうですよね…ずっと側で見てたんですよね…」


そういって照れたような、困ったような顔をしたコナツさんに、私は『言わない方が良かったか…』と内心呟いた。





とりあえず自室に戻って変わったことがないか見てきます、と私は一人自室に戻ってきていた。

コナツさんには先に報告も兼ねて執務室に出仕してもらっている。


「ん〜。やっぱり別になくなったものとかないよなぁ…」


今まで十分にしゃべれなかったからか、独り言が多くなったような気がする。


「むしろ増えたものが一つ、か。」


右手には猫の時につけられていた鈴がついている赤い首輪。


一体誰がつけたのやら。

私が起きた時にはついていたから…と考えていたところで出仕時間ギリギリということに気がついた。


「わー遅刻する!!」


私は自室の扉を外からわからないように立てかけた。
ヒュウガ少佐とコナツさんが蹴破ったので扉は未だに壊れたままだ。
今日中に直してもらうように業者に電話しておこう。

そんなことを考えながら、私は急いで執務室に向かっていた。


遅刻はアヤナミ様の鞭が撓りそうなのでそれだけは勘弁して欲しい。そう思っていたのに、通りかかった士官学校時代のクラスメイトから声をかけられた。

私が猫になっている時に中庭でブラックホークの陰口をたたいていたその中心人物だ。


「名前、貴女辞めたんじゃなかったの?」

「辞めてないよ。私、あそこ辞めるつもりなんてないもの。」

「だっていなくなったって聞いたわよ?」

「緊急事態が起こっただけだよ。」

「緊急事態?ねぇ、もう辞めたら?強がらなくてもいいんだから。私ちゃんとわかってるからね。」


何を。

何をわかっているの。



遅刻ギリギリだというのに、焦りも手伝ってイライラが募っていく。


アヤナミ様は確かにちょっぴり怖かったりするときもあるけれど、すごく仲間思いで助けてもらってばかりだ。
今回、猫になった私にだって気付いてくれた。

ヒュウガ少佐はいっつもいっつも仕事サボるけど、一緒にいると楽しくって、悲しいときも笑顔になれる。

カツラギ大佐は悩み事とか面倒臭がらずに聞いてくれて、アドバイスしてくれてこの世界にはいない私のお父さん的存在だ。

ハルセさんなんて私の憧れのお兄さんみたいで、たまに髪型だってハルセさんがしてくれるんだ。

たまにクロユリ中佐からは意味のわからない食べ物を食べさせられたりするけど弟ができたみたいで可愛くって、一緒にハルセさんと3人でお菓子作りだってしたことある。
クロユリ中佐は食べる専門だったけど。


「…違う。貴女は何も知らない。」


コナツさんは私を救ってくれた。
この世界に来たばかりの時も、ブラックホークに入った時も、あの笑顔で、あのぬくもりで、あの優しさで、私は何度も何度も救われた。


「心配してくれてありがとう。でもね、心配することなんて何にもないよ。皆、本当に優しいの。」


だからもう私の大切な人達の悪口を言うのはやめて。

でないと、引っ掻いてやるんだからね。


「馬鹿じゃないの!騙されてるのよ!!」

「騙されてない。皆は本物の優しさをくれる。偽者の優しさをくれるのは貴女のほうだと思う。」

「…やっぱり貴女も所詮ブラックホークね。」


「そうですよ。」


急にコナツさんの声が聞こえた。


「え、コナツさん?!」

「その通りです。名前さんはブラックホークです。」

「なんでっ、ここに?!」


先に出仕して下さいって言ったのに。


「部屋に何か痕跡がなかったか聞きに。でももう出仕時間ギリギリですね。」

「あ、遅刻しそうなんだった!」


やばい!
鞭が撓る!!


私はクラスメイトと目線を合わせた。


「本物の心配なら大歓迎だよ。」


私はそういってコナツさんと走り出した。




「すみません、遅れました!!」


勢いよく扉を開けると、皆がわらわらと寄ってきた。


「あーあだ名たん戻ってるー。」


おや、これは遅刻したことがなくなりそうな勢いだな。
よし。乗っておこう。


「よかったねぇ、あだ名たん。はい、いつもの朝の一杯」


今日の朝の一杯はカツラギ大佐ではなく珍しくヒュウガ少佐が紅茶を淹れてくれたらしい。
ありがとうございますと受け取ってそれを飲むと時間が経っているのか温かった。


「ねー何で名前いなくなってたのさ。」


クロユリ中佐が可愛く首を傾げたので、私はとりあえず抱きつくというあれを遂行した。


「…何。」

「いえ、何でもないです。」


クロユリ中佐が可愛くて。
私が猫の時に撫でてくれたので、私も数回中佐を撫でておいた。


「実はですね、私猫になっていたんです。」

「猫ですか?」


カツラギ大佐が興味深そうに問い返してきた。


「そうなんです。朝起きたら猫で。」

「もしかしてあの赤い首輪のついた白い猫は名前さんだったんですか?」

「はい。どうして猫になったのかはわからないんですけど…。多分、前に中庭で見つけた白い猫の呪いかなぁなんて。」

「あ、名前さんがニボシあげた猫ですか?」


どうやらコナツさんも思い出したようだ。


「そうです。」

「呪いというより恩返しみたいですね…」


ん〜まぁ確かにハルセさんの言うとおり、結果的にコナツさんとくっつけたわけだし。
言われてみるとそうなのかもしれない。


「そうかもしれないですね。」


私はコナツさんと目を合わせ、ニッコリと微笑んだ。
それを見逃さないヒュウガ少佐ではない。


「あー2人でアイコンタクトなんかしてやらしー♪」

「いやらしくなんてないです!もー茶化さないで下さいよ!!ね、アヤナミ様。」

「名前、書類が溜まっている。それに無断欠勤に今日は遅刻か。残業決定だな。」

「えっ、そんなぁ…」


なかったことになると思ったのに…


「壁で爪とぎしたのも上乗せしておいてやる。」

「可愛い猫のしたことじゃないですか。それに私ちゃんといい子にしてましたよ!!」

「アヤたんの膝の上でね☆」


すっごいギャップだったよ♪と含み笑いをするヒュウガ少佐に、アヤナミ様が鞭を取り出したのは言うまでもない。


「名前、猫になってたの本当?」


ヒュウガ少佐が鞭で打たれているのを苦笑交じりに見ていると、クロユリ中佐が私の袖を引っ張った。


「はい、本当ですよ。」

「…ふぅん。名前、あのことしゃべったら殺すからね。」


…あれ、今ここだけ温度が急に低くなったような気がするなぁ…
そんなに照れくさいのかな…お年頃か??


「わかった?」

「わかりました。」


私は自分の命のためにもしっかりと頷いて、あの時のことは私の心の中だけに仕舞った。


「あ。そういえばヒュウガさんってヘンに勘が鋭いから、猫が私だって絶対気付くと思ってました。」


床にへばりついて半死半生のヒュウガ少佐を突きながらそう言うと、ヒュウガ少佐はゾンビよろしくゆらりと体を起こした。


「そう?そんなことないよ。至って普通の勘だよ☆」


死んでいたかと思えばヘラリと笑った。
何だ、意外と元気だ。


「それよりさー2人とも何かあったでしょー♪」

「ふぅーん、何かあったの?」


ヒュウガ少佐に続いてクロユリ中佐までノってきたものだから皆が返答を待ち始めた。

まぁ、勘の鋭い人達が勢ぞろいのブラックホークだ。
言わずともわかっているのだろうけれど。

だけど改めて『恋人同士になりました』なんていうのが恥ずかしくて、私達は見つめ合って『どうしよっか。』とアイコンタクトしながら苦笑したのだった。


END

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