09
「で、実際のところどうなんだ名前。」
参謀長官室に来ている私は、アヤナミ様の膝の上にちょこんと乗ってお座りをしている。
あの辛そうな悲しそうなコナツさんの側に居たかったけれど、アヤナミ様に首の皮を持たれて半ば強制的に連れられてしまえば仕方ない。
しかしこれでアヤナミ様が猫好きと噂されるのは間違いないだろう。
「深夜3時頃に人が入ってきたのか?」
問われて考えてみるものの、全くもって記憶にない。
一度眠ってしまったら中々起きない性質だし、残業で疲れていたからきっといつもより熟睡していたはずだ。
わからないとばかりに首を傾げると、アヤナミ様は小さく唸って腕を組んだ。
「お前が知らないとなると話も進まないな。」
すみません…。
でも本当に疲れてたんです。
貴方に書類の訂正をしなおすように言われて疲れてたんです。
「にゃぁ…」
「うな垂れるな。別に責めているわけではない。だがもし敵が殺しに来ていたら死んでいたな。もう少し警戒しろ。」
「にゃ。」
アヤナミ様の言うとおりだ。
ホント、殺されなくて良かった。
寝ているときの私だったら飛んでいる蚊よりも殺しやすかっただろう。
しかし、もしその空白の3分の間に本当に誰かが入って来ていたとしたら何をしたのだろうか。
部屋が荒らされている形跡はなかったから強盗などの目的ではないだろう。
あったことといえば私が猫になっていた、それだけだ。
「ただの故障だと思うか?」
「…にゃぁ…」
恐らく、と首を傾げながら器用に頷く。
だって私が猫になったのはあの猫の呪いかなんかだろうし、きっと偶然が偶然に重なっただけだろう。
私は早くコナツさんのところに戻りたくて、アヤナミ様の膝の上から飛び降りた。
この日のコナツさんはずっと暗かった。
夕食の時も、私をお風呂に入れてくれている時も。
そして今、お風呂から上がってきても。
ソファに座ったコナツさんの足元に擦り寄って「にゃぁ」と鳴くと、コナツさんは私を抱き上げて膝に乗せ、頭を撫でてくれた。
「ナマエのご主人様はどこに行ったんだろうね。」
ポツリと呟いた言葉に胸が締め付けられる。
私はここにいるよ。
そう言いたいのにしゃべっても「にゃぁ」としか声にならなくてもどかしい。
なんだかこっちが泣きたくなってくる。
そんなに切ない声をだされたら、本人である私はどうしたらいいのか。
「少佐の仰るとおり、元の世界に帰ったのかな…。」
「にゃぁ!」
違う!違うよ!!私ちゃんとここにいるよ!!と訴えるけれど、コナツさんは勘違いしたのか、「ごめんごめん、飼い主がいなくなったらイヤだよね。そう怒らないで」と背中を撫でてきた。
そうじゃないの。
言葉が伝わらないってこんなにももどかしいものなのか。
地団駄を踏みたい気持ちになるが、嬉しいことにコナツさんの膝の上なので必死に堪える。
「にゃぁにゃぁ、にゃ、にゃん!」
「今日はよくしゃべるね。どうしたの??不安?」
そういって瞳を閉じたコナツさんは私を撫でる手を止めた。
「俺はね、寂しいかな。」
「……」
恨んでやる。
私を猫にしてコナツさんを悲しませたやつ、一生恨んでやる。
呪いだったとしたらいつか絶対跳ね返してやる。
「後悔…してる。ものすごく。」
「にゃ、にゃぁ…」
何を後悔しているのかわからないけれど、私にはそれを聞く術がない。
今にも泣き出しそうなコナツさんに私はどうしたらいいのかわからなくなって、ただただ擦り寄った。
人の体温ってものすごく落ち着くの。
私がコナツさんから教えて貰ったこと。
今はほとんど温もりを分けてあげられないけれど、それでも、少しでも感じていてくれたらいいなと思った、猫になって2日目の夜の出来事。
朝日に目を細めながらもう人間に戻れなくて、このまま猫のままなのかもしれないとふと思った。
コナツさん、私もものすごく後悔してる。
どうして貴方に好きってちゃんと伝えられなかったんだろうって。
恥ずかしがらずに言えば良かった。
夢の中なのか現実なのか、朝の曖昧な眠りの狭間でまた瞳を閉じる。
目には眩しい朝日が差し込んできたことからそろそろコナツさんが起きる頃だろう。
そして昨日のようにコナツさんが準備し終わった頃に私も起きるんだ。
それからブラッシングしてもらって、二人で執務室に出仕して…、
「名前さんっ?!?!」
あ、やっぱりコナツさん起きた。
それにしてもコナツさんってば私、猫の『ナマエ』なのに『さん』付けだなんて。
寝ぼけているのだろうか。
何だか可愛い。
瞳は閉じたまま内心でクスっと笑うと同時に、昨日のような辛そうな声でないことからホッとした。
「ちょ、え、名前さ、」
コナツさんが起きたことで軽く捲られた布団が、一瞬にして首元まで被せられた。
…コナツさん、寝ぼけるものいいですけれどやけに朝から元気ですね。
もさもさとする布団の中で「ん〜」と唸る。
もう少し眠っていたいのに、布団の上からコナツさんが揺さぶる。
「起きてください名前さん。」
「もうちょっと……」
……あれ?
にゃぁ、じゃない。
私、今…言葉しゃべった。
「えっ!!??今私っ、」
上半身を思い切り起こしながら叫ぶと、それに負けず劣らずコナツさんが「わー!!!!」と叫んだ。
次いで布団がまた首元までかけられる。
一体何なんだとも思うけれど、今はそんなことより私の状況確認だ。
布団の中から手を出し、ジッとそれを見つめる。
「…戻ってる。」
…戻ってる。
私、人間に戻ってる!
「コナツさんー!!私戻ってますー!!!!!」
隣にいるコナツさんに思い切り抱きつくと、コナツさんは耳まで赤い顔を即座に逸らした。
「話は後です!服を!先に服着てください!!」
その言葉に、今度は私が「わー!!!」と色気のない叫び声を上げる番だった。
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