03




もぞりとシーツの下で動くと、『リン』と鈴の音が響いた。
その音はまだ半分夢の中の私の耳には少しばかり高い音で、一体何の音だと眉を顰める。

昨晩は残業で遅くなったのだから今日は出仕ギリギリまで眠っていたいというのに、またもぞりと寝返るとリンと聞こえた。

ものすごく近くから聞こえるけれど、鈴なんて持っていたっけ??と首を捻る。
と、またリンと鳴った。

なんだなんだ。
私が身じろぐたびにリンと鳴る鈴の音。

何だかまるで私の体にくっついているような……


億劫になりながらも寝不足で開きにくい瞳を無理矢理こじ開ける。
すると何故か目前は真っ暗。

確かに瞳は開けているはずなのに真っ暗とはどういうことだろうか。
必死にバタバタともがくと、同時にリンリンリンリンうるさい。

なんだなんだなんだと思いながらも、この大きな布団を被っているような感覚から抜け出すために体を動かす。
そしてやっと外へと出て新鮮な空気を吸った。

一体誰の嫌がらせだ、もがいてももがいても出にくい大きい布団を被せたのは!と振り向くと、いつもの布団だった。

でも何だかやっぱり大きい気がする。


寝ぼけてるんだなと自己完結して、今何時か見ようと置時計を見やるが何故か視界に入らない。
いつもならすぐに目に付くのに…。

布団が大きく感じたことといい、角度的に置時計が見えないことといい…まるで私が小さくなったみたい………


………


ふと目を自分の体に落としてみて絶句。


うん、もう一回寝なおそう。
夢で夢見るなんてなんて器用なんだろう私ってば。

もぞもぞと布団に潜りなおそうとするとリンリンと鈴の音が鳴る。

いやいやきっと夢さこれは。
私の首に鈴のついた首輪がついているなんて夢さ。


あはは、と渇いた笑いを出そうとすると「にゃにゃにゃ」となんとも訳のわからない言葉が出た。


「………にゃ?」

たっぷり3秒は置いて『え?』と呟いても結局『にゃ』しか声にならない。

さすがに飛び起きた。

ベッドから飛び降りて前身鏡の前に立てば、そこに映るのは白猫。
その首には真っ赤な首輪。
その首輪には鈴がついていて、先程から動くたびにリンと鳴る。


「に゛ゃー!!!!!!!!!!!!!」


なんじゃこりゃ!と全身を揺らして暴れまわる。

そのたびにリンリンリンリン鳴るものだから勘に触って仕方がない。


ちょっと待て。
何でこうなった。

昨日の記憶を必死に手繰り寄せようとした時、扉がノックされた。


「名前さん??体調でも悪いんですか?すでに出仕の時間過ぎてますけど…?」


コナツさんの声が扉越しに聞こえてきた。


「にゃ、にゃー」


『あ、はーい』といつものように出ようとする…が、扉の鍵に!鍵に手が届かない!!

ガリガリと扉に爪を立てても届かないこの悲しき状況。

っていうか、このネコの格好で出てどうしろというんだ??
この訳のわからないを私自身わかっていないから説明の仕様がないし。
状況の説明だって『起きたらネコでした』みたいな報告しかできない。
むしろそれ以前にしゃべれない!!


「名前さん?」


訝しげな声が聞こえてきたと思ったら、すぐにヒュウガ少佐の声が聞こえてきた。


「あだ名たーん?遅刻はダメだよ〜」


遅刻魔のヒュウガ少佐に言われてしまった!!
無駄にへこむ。
なんだろう、ネコになったことより精神的にやられた気分だ。


「いないんでしょうか?」

「でも物音したよ?」


ガリガリと扉を引っ掻いたからか、中に人がいることはわかっていてくれているようだ。
実際、中にいるのは人じゃなくてネコなんだけども。


「もしかして体調が悪くて倒れてたり…」

「ん〜ありえないことじゃないね。昨日残業で帰ったの遅かったみたいだし。」


二人の声がピッタリと聞こえなくなったと思ったらいきなり扉が突き破られた。

倒れてきた扉に押しつぶされる直前にピョンと端っこに避ける。
ネコになって素早さが3上がった気がする。


押しつぶされなくて良かったと胸を撫で下ろしていたら、コナツさんが焦った顔で部屋に入ってきた。
私には気付かずに寝室の方へ消えていくのを眺めていると、ふと自分に影が差した。

なんだ?と上を見上げると巨神兵…じゃなかった、ヒュウガ少佐が私を見下ろしていた。


「ニャ。」


おはようございます。ととりあえず告げるも、やはり『ニャ』しか出ない。

というか、ヒュウガ少佐の背が高すぎて見上げるのも一苦労だ…と思った瞬間、ヒュウガ少佐の手に抱えられた。

最初こそビックリしてバタバタ暴れたものの、腕の中に抱えられてはどうすることもできない。
ここで暴れて落とされても怖いので、必死に大人しくしておく。


「名前さんいませんでした。入れ違いにでもなったんでしょうか?あれ?その猫なんですか?」

「部屋に居たんだよ。」


寝室から神妙な顔で戻ってきたコナツさんは首を傾げた。


「名前さん、猫なんて飼ってましたっけ?」

「さぁ?でもこの部屋に居たのは事実だからねぇ。とりあえず執務室に戻ろっか♪入れ違いになってるかもだし。」

「そうですね。…猫も連れて行くんですか?」

「ドア蹴破ったからねぇ。逃げられたらあだ名たん悲しむかもでしょ?」

「そうですね。」


いや、ペットなんて飼ってませんよ。
ここペット禁止じゃないですか。
そんなことバレたらアヤナミ様に殺されてしまう。
命は惜しいです。

ため息を吐きながら、なんで猫になったんだろう…とヒュウガ少佐の腕の中で考えてみる。
……というか、コナツさんの腕の中の方がいいと思った私は贅沢ものだろうか。





執務室に入るとちょうど早朝会議から戻ったばかりのアヤナミ様がいた。
それにカツラギ大佐、クロユリ中佐、ハルセさん。
これで皆勢ぞろいだ。

…と思っているのはきっと私だけなのだろう。
アヤナナミ様の眉間に皺が寄ったのを私は見逃さなかった。


「名前はどうした。」

「んー何か見当たらなかった。」

「見当たらなかった?どういうことだ。」


あぁぁぁ、何かご機嫌悪いみたいだ。
いつもの3割増しで眉間の皺がすごいことになってる。

私ちゃんといます!
ちゃんといますよー!


「すれ違いになったのかと思ったのですが…。部屋には鍵が掛かっていて、窓も全部閉まっているのにいませんでした。部屋の鍵も机の上に放られていて、」

「密室殺人だね☆」


私死んでません〜!!


「…誘拐でしょうか?」


カツラギ大佐が物騒なことを言い始めた。
私は首を必死に首を振るけれど誰も気にしてくれやしない。


「あれを攫って得をする人間がいるとは思えぬが…」


あ、ちょっとそれひどいですアヤナミ様。


「一応調べておけ。」

「ねーヒュウガ、それ何。」


会話が一段落したかと思えばクロユリ中佐が私を指差した。


「あだ名たんの部屋に居たの。逃げたらあだ名たんが悲しむかなって思って連れてきちゃった☆」

「ふぅん…」


せっかくその可愛らしい容姿を持っているのだから『わぁネコちゃんだぁ!ボクにも抱っこさせて♪』とか言ったらいいのに。
そしたら可愛さ2倍増しですよ、中佐。

しかし現実は悲しく…。


「ボクネコ嫌いだから近づけないでね。」


ネコですみません。
なんかすみません。


「名前さんが飼っていたんでしょうか?」

「…いい度胸だな。帰ってきたら覚えていろ名前。」


ひぃぃ!
ハルセさん、あんまり地雷踏むようなこと言わないで下さい!
今アヤナミ様から殺気を感じました!

怖い怖い!!と震えていると、コナツさんの手が私の頭に乗った。


「震えてません?寒いんでしょうか。」


コナツさん…優しい!!

私はヒュウガ少佐の腕の中でもがきまくり、コナツさんの腕の中に飛び移った。


「わっ!」

「なんかコナツがいいみたいだねぇ。」

「もふもふですね。」


…………もふもふ…。
恋する女の子がもふもふ…。


少しだけ目を細めて気持ち良さそうに頬を擦り付けてくるコナツさんに嬉しさを感じたが、それ以上に複雑さも感じてしまった。


コナツさんってば罪な人。


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