04




コナツさんの腕の中に飛び込んで幸せに溢れたり、もふもふといわれて落ち込んだりと一喜一憂している私は未だにネコの姿です。

1時間でパッと戻ったりするかも!という希望は儚く数時間前に散りました。


最初こそはコナツさんが抱っこしていてくれましたが、さすがに仕事をしないといけないということで今は床にちんまりと座って静かな執務室で佇んでいます。


暇だ暇だと思っているとバッチリと目が合ったヒュウが少佐に手招きされて呼ばれた。
何だろう…と近寄ると、ヒュウガ少佐の手にはニボシ。


……


完璧ネコ扱いだ。
何かイラっときた。

いや、ネコなんだけども!
確かにネコなんだけども!!


「にゃ。」


いらないです。とそっぽを向けば、今度は林檎飴が差し出された。

いや、どうやって食べろと?!?!


「いらないの?」


いつもなら喜んでもらっているだろう。
でもそれは人間の姿の時で手が使えるからであって、今は無理だ。

欲しいけれど欲しいけれど…


「にゃにゃにゃぁ。」


人間に戻った時に下さい。と言ったけれどきっと伝わっていないので、元の体に戻ったら半ば無理矢理戴くことにしよう。

ヒュウガ少佐は少しだけ首を傾げて、「仕事してください」という毎度お決まりのコナツさんからのセリフに「ちぇっ」と言いながら座りなおした。

つまり私はまた暇になったというわけだ。
ヒュウガ少佐以外真面目だからあまり構ってくれないのはわかっているので、私は仕方無しにウロウロとし始めた。
黙っていることにも疲れてしまった。

これなら書類をするほうが全然いい。

溜まっていく私の机の書類を見上げてため息を吐いた。

今落ち込んでいても仕方がないので、参謀長官室で日頃アヤナミ様がどう仕事しているのかを見てみよう!と思い至ってプチ社会化見学気分で参謀長官室の扉の前まで歩く。

が、壁は大きかった。
扉を開ける術が私にはないのだ。

鍵こそかかってはいないものの、あの取っ手に手を伸ばすのは一苦労だろう。

しかし私は猫ではない!
いや、猫だけど。

人間様を舐めるなよ!!何でか猫だけど。と私は内心ツッコミを入れつつ助走をつけて走ると、その取っ手目掛けて飛んだ。
助走をつける前に参謀長官室の扉をノックするのは忘れない。
猫になっても常識ある猫なのだ。

がちゃん。と取っ手に手が届き、床から浮いている短い足で横の壁を蹴ると辛うじて私が通れるくらいの隙間ができた。

頭からスルリと身体をねじ込んで目的の参謀長官室に入ると、私は丁寧にゆっくりと体全体で扉を閉めた。

ふふん、礼儀は猫になっても忘れないのです。

スタスタとアヤナミ様の足元までいくと、まさかまさかでアヤナミ様と目があった。
絶対気がついてもシカトされるとばかり思っていた私は、その瞳に囚われたように固まった。


「……まるで人間のような猫だな。」

「にゃ」


だって人間ですから。


「暇なのか?」

「にゃ。」

「ここに来ても暇だぞ。」


アヤナミ様はそう言いながらも私を抱き上げると膝の上に乗っけてくれた。


びっくりしたけれど、前足を机の上にのせてその書類を見る。
その書類上の方に最高機密と印が捺してあったので、私は即座に肉球のついた手で両目を覆った。

すると、くつりとアヤナミ様が喉の奥で笑う声がして私は顔を上げた。


「お前、名前だな。」


まさかわかってくれる人がいるなんて思ってもおらず、私は必死に首を縦に振った。


「にゃ、にゃにゃ、にゃ。」

「必死にしゃべられてもわからん。」


そうですよね、さすがのアヤナミ様も猫の言葉はわかりませんよね。
わかったらびっくりです。


「何故わかったのかと言いたげだな。」

「にゃぁ。」

「簡単なことだ。猫にしては賢すぎる。まぁ…人間にしたら普通だがな。」

「に゛ゃ。」


普通ってなんだ普通って。


「そう怒るな。お前は猫になってもその真っ直ぐなところは変わらないな。しかし何故その姿なんだ。昨日何があった。」

「にゃぁ。」


わからないんです。と首を横に振る。

だって昨日は別に大した何かがあったわけではない。
いつも通り仕事して、でも残業があったからアヤナミ様とカツラギ大佐と二人で残って。
先に帰ろうとしていたヒュウガ少佐が「明日も仕事頑張って☆」と、いつものように林檎飴をくれて。
それを食べているとカツラギ大佐が「お疲れ様です」とコーヒーを眠気覚ましに持ってきてくれたので飲んで。

残業が終わってからは即効でお風呂に入ってベッドにダイブだ。

いつもと何ら変わらない日だった。


「最近でもいい。」


最近??

最近…
あぁ!そういえばサボりにいっていたヒュウガ少佐を探しにコナツさんと中庭にいった時に、猫にニボシをあげたような気がする。
あの猫はかなり汚れていたけれど、洗ってあげたら白だったような気がしなくもない。

もしかして…猫の呪い??

お礼を言われる筋合いはあっても呪われる筋合いはないはずだ。

でも考えられることといえばそれくらいだ。


「にゃ、にゃぁ、にゃ。」

「せめてジェスチャーでもしろ。」

「にゃ、にゃ、にゃぁ、にゃぁにゃ」

「………わかるわけがあるか。」


短い4本足で頑張って伝えようとした私を、見て考えてくれたようだったけれど、アヤナミ様は嘆息して私の頭を数回撫でた。

驚愕だ。
絶対動物とか嫌いなタイプだと思ってのに。


「とにかくだ。しばらくお前が名前だということは黙っていろ。」


キョトンとして首を傾げる。


「誰がどういう意図でお前を猫にしたのかはわからないがしばらく泳がせておく。」


なるほど。
でも犯人は猫ですけどね。

しかししゃべりたくてもしゃべれない。


アヤナミ様はゆっくりと私を床に下ろした。


「そろそろ執務室に戻れ。」

「にゃぁ。」


私は扉の方へ歩き始めて気がついた。
一生懸命扉を開けたのにも関わらず、人間ぶって扉を閉めたからもう一度開けなくてはいけないという事に。

あれ、結構疲れるんだよね…とうな垂れそうになった時に、ガチャリと扉が開いた。


「さっさといけ。」


背後というより上から声が降ってきたと思ったらアヤナミ様だった。


「にゃぁ。」


ありがとうございます、と頭を下げて思う。

アヤナミ様は猫にも紳士的だ。


しかし、執務室で『アヤたんが猫と話してるよ!!』と秘かに皆が騒いでいたことは知らなかった。


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