05




参謀長官室から出るとコナツさんが駆け寄ってきた。


「アヤナミ様のところにいったらダメだよ。おいで。」


コナツさんはそういうが、アヤナミ様が扉をしっかりと閉めずに少しだけ開けておいてくれているから、きっとまた来ていいということなのだろう。

でもせっかくコナツさんが両手を差し出してきてくれているので、私は躊躇うことなくコナツさんの手に走り寄ると、そのまま大人しく抱き上げられた。

人間の私だったら触れることさえ恥ずかしくて躊躇っていただろうに。
猫の姿様様だ。


コナツさんはアヤナミ様のように椅子に座ると私を膝の上に乗せた。
数回毛並みを整えるように撫でられると、何だか眠たくなってくる。
猫って気ままだなぁと思って欠伸をした瞬間、魔の手が私の毛並みを逆から撫でた。


「にゃぁぁ!!」


せっかくの心地よい眠りへの誘いはどこへやら。
ぞわりとして気持ち悪くて、猫なのに鳥肌が立ちそうだった。
猫なのに鳥肌…ぷぷっ。


「あはは怒った怒った♪」


私の毛並みを逆撫でした張本人であるヒュウガ少佐は至極おかしそうに笑っている。


「にゃ、にゃぁ!」

「そう怒らないでナマエ。」

「…え?」
「…ニャ?」


私の声とコナツさんの声が出たのはほぼ一緒だった。

今…え?ナマエって…。


「何かこの猫見てたらあだ名たんに見えるんだよねぇ。だからナマエって名前にしようよコナツ♪」


ヒュウガ少佐がそう呼ぶとこの猫の方が本物で、人間の私が『たん』づけだからペットのようじゃないか。

断固反対!


「でも名前さんが名づけてる名前があるんじゃないですか?」

「その本人いないってことは確かめようがないわけでしょ?ならあだ名たんが見つかるほんの少しの間でもいいじゃん♪」


だめだよ!
コナツさん、反対して!!


「…それもそうですよね。わかりました。」


えぇ?!?!


「ナマエ、か。」


ポツリとコナツさんから呟かれた言葉に私の耳がピクリと反応した。


ナマエ…。
ナマエ…

コナツさんの声で私の名前が脳裏でエンドレスリピートされる。

コナツさんに呼び捨てにされるんだったら、この名前もありだ。
むしろイイ!!


私はコナツさんの手に擦り寄りながら、触って触ってと催促する。
するとコナツさんもそれに気がついてくれたのか、私を撫で始めてくれた。
何だかすごく気持ちよくて、丸まってゆっくりと瞳を閉じると、あっという間に眠りについていた。





目が覚めると私は究極の二択を迫られた。

床に座る私の前には猫の餌。
つまりキャットフードというやつが置かれている。

しまったと思った時にはすでに遅し。
時計は15時を指しており、私が眠っている間に皆は昼食を取り終えたらしい。

私の予定では皆のご飯を少しずつ分けてもらうつもりだったのだが、残念ながらこの二択。

苦痛だ。
究極すぎる。

まさか人生でキャットフードを食べることになろうとは。

目の前の二択はドライフードかウェットフードか。
この二択でいうならまだウェットフードの方がマシだ。

でもコナツさんが!
コナツさんが「こっちのドライフードの方が栄養バランスが良くて歯周病予防にもなるらしいのでこっちがいいですよ」と硬いドライフードを勧めてくるのだ。
私人間なのに!!

ここは『猫だから人間の言葉なんてわからないわ』とおすまし顔でウェットフードを選べたらどんなに楽か!!

しかもその二択の隣にはお皿に入ったミルク。
こちらはカツラギ大佐が持ってきてくれたものだ。

いやミルクって。
ない。
ないない。

知ってますか?
ミルクって英語で言ったらかっこいいかもしれないですけどただの牛乳なんですよ。
牛の乳なんですよ。
牛さんのお乳なんですよ!

逆に問おう。
人間の乳を牛が飲むか?
飲まないだろう?

私は牛乳が死ぬほど苦手だ。
シチューとかミルクティなら全然いい。
でも牛乳単品は無理だ。

牛の乳飲むくらいなら水でいい、水で。


「にゃぁ…」


もうイヤだ…と呟けば、自分で思っていたよりもひ弱な声が漏れた。

お腹は空いたし、ご飯は二択と牛の乳。
これほどまでに人間に戻りたいと思うときがくるとは…。


「お腹減ってないの?」


減ってます。
かなり。

でも、いくらコナツさんのオススメがドライフードでも、人間としての矜持が許さないんです。


「少佐、病気でしょうか??」

「ん〜とりあえずお皿に出したら食べるんじゃ?」

「そうですね。」


いやぁあぁぁぁ!!


コナツさんが袋を開けようとしたところで、参謀長官室からアヤナミ様がでてきた。
今から会議らしいアヤナミ様が、私達の通り過ぎようとした瞬間に私と目が合った。

私は必死に目で訴える。
この二択を見て!と。

するとアヤナミ様は私の表情とその目の前に差し出されている二択の状況を悟ったのか、憐れみの眼差しを向けてきた。


「にゃぁ…」


アヤナミ様に向けて『助けて』と呟きと共に視線を送る。
するとアヤナミ様は小さく嘆息した。


「コナツ、カツラギの作りすぎたと言っていた昼食が余っているだろう?それを与えてやれ。」

「え?ですが動物に人間の食事は良くないと聞いたことが…」

「キャットフードは取りたがらないのだろう?その猫は舌が肥えてるんじゃないか?ついでに紅茶もつけてやれ。」


言うだけ言ってアヤナミ様は執務室を出て行った。

私が牛の乳嫌いということを知っているアヤナミ様に感謝感激だ。

コナツさんとヒュウガさんは不思議そうに顔を見合わせた後、しばらくして二人で半信半疑な様子を見せながらも昼食を持ってきてくれた。
アヤナミ様の言いつけどおり、ご丁寧に紅茶付きだ。

美味しそうな香りがただでさえ敏感な嗅覚を擽る。
涎さえでてしまいそうになるのを必死に押さえてパンを器用に前足で掴んだ。

千切って食べることはできないが、これくらいならできる。


「器用だねぇ。」

「猫じゃないみたいです。」


唖然呆然としている二人に、猫じゃないですからと内心で苦笑する。
ホント、アヤナミ様に感謝だ。


「あ、でも前足汚れてるんじゃ…」


コナツさんはそういって私のパンを一度取ると、手拭で私の前足を拭ってくれた。


「にゃぁ。」


ありがとうございます、と告げてまだパンを前足で挟んで食べ始める。

それからトマトの冷製スープの器を持って飲み干す。
さすがカツラギ大佐のご飯だ、すごく美味しい。

でも魚だけはいただけない。
小さい頃から魚だけはちょっぴり苦手なのだ。


「コナツ、猫なのに魚食べないよ?」

「嫌いなんでしょうか?」

「えぇまさか。」

「好き嫌いはダメだよ、魚もちゃんと食べて。」


差し出された焼き魚に一瞬体を引くも、キャットフードよりマシだと思いなおす。
あれを差し出された時はさすがに食べれなかったけれど、まぁ、コナツさんがそこまで言って差し出してくれるのなら…


私は焼き魚にぱくりと齧りついた。

あ、何気に美味しい。
猫になったからだろうか。
やっぱ味覚って変わったのかなぁなんて思う。

ずっと見られながらの食事は少しどころかかなり食べにくかったけれど、しっかりと食べ終わって紅茶に前足を伸ばす。

ペロリと舌をだして舐めると、ビリビリとヤケドをしてしまった。

所謂猫舌というやつだろうか。
やだやだ。
紅茶は熱いうちが一番美味しいっていうのに。


「何だか見れば見るほど猫じゃないような気がしてきました。」

「うん、オレも。」


コナツさんは相変わらず唖然としていて、ヒュウガ少佐は何だか苦笑交じりだ。
ヒュウガ少佐は勘のいい人だ、そろそろバレるかもしれないな、と紅茶に息を吹きかけながらぼんやり思った。


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