07




朝、目が覚めていたら人間に戻っていました。



…なんて半分期待していたのに、猫のままでした。



執務室で尻尾と耳をダランと下げて床に寝転がっていたら、何を思ったのかヒュウガ少佐が楽しそうに近づいてくるなり、私の尻尾をむんずと握ってきた。


「んに゛ゃぁ!!」


痛い!!とてつもなく。
何をしてくれるんだ!と振り向くと、ヒュウガ少佐はニコニコとしていて楽しそうだったので、また掴まれそうだとその場から急いで退散する。


「にゃぁ、にゃぁ。」


コナツさん助けて。と彼の足元に擦り寄ると、ヒュウガ少佐が追ってきて今度はにくきゅうをプニプニされ始めた。
一体何がしたいのかさっぱりだ。


「ナマエ〜、はい。」


じゃかじゃん!とヒュウガ少佐から出されたのは道端でよく見るねこじゃらし。


うず。と体の芯から疼いた。

何だろう、今の…。


「ナマエ〜、」


ふよふよとそれを動かされると、私の猫としての本能が疼いたのか、すかさずそれに飛びついた。

私が名前だと知ってるアヤナミ様が見たらさぞかし滑稽な姿だろう。
さすがのアヤナミ様も笑い転げるかもしれない……いや、それはないか。
鼻で笑われるのが精々ってところだ。


「少佐、ナマエと遊ぶのもいいですけどそろそろ仕事してくださいよ。」

「んー。でもコナツ、ナマエ面白いよ。」


やめて!
私のこんな姿見ないで!
見ないでっ!!
あぁっ!でも身体が勝手に動くっ!!


「面白いといいますか…可愛いですよね。」


…か、かわいい??
可愛い?!?!

昨日から悶え死にさせてくれますね、コナツさん。

あぁ、だめだ。
うずうずしてたまらない。


私は壁に駆け寄るとガリガリと爪で引っ掻いた。

皆が止めに入ろうと口を開いたその時、参謀長官室の扉が開きアヤナミ様と目が合ってしまった。


「…。」

「……」

「何をしている。」

「…に、にゃぁ。」

「…。」


無言で執務室から追い出されました。

数時間経ってから戻ればいいかとも思い、私は来たかった中庭へ。

いつもと同じ光景のはずなのに、目線が下がっただけでこんなにも世界が変わって見えるのかと驚いてしまうとともに恐怖さえも感じる。
勝手が違う世界だ。


私はとりあえずこの前の猫がいないかキョロキョロと辺りを見回す。
優れている嗅覚を駆使して探そうとしてみても、あの猫の匂いがわからないから探しようもない。

一先ず歩いてみるか…とトボトボ歩みを進めていると、見たことのある人達が私の視界に入った。


「そういえばさ、」


話を変えた中心人物ともいえる女がさぞ面白おかしそうに会話を切り出した。


「ブラックホークの名前って昨日から行方不明らしいわよ。」

「やっぱ逃げたんじゃない?あのブラックホークだもん、よくあんな長い間いたわよね。」

「私だったら絶対無理。怖いじゃんブラックホークって。私達も軍人だけど、何か異色っていうか。」


…あーあ。
嫌なもの見ちゃった聞いちゃった。

自分達より遥かにブラックホークが強いから群がって陰口。
本人達の前で言う勇気なんてカケラもないくせに。

人を不幸だと思い込んで自分達は『あの子より幸せ』だと勝手に思い込んでいる。
なんて惨めな姿。
それでいて自分が優位だと思っているのだ。
だからこそ人を哀れむことができる。

思っているだけならまだしも、それを口に出して人と共有するのはいかがなものか。
人間性を疑われる。

最初は確かに私も怖かったけれど、ブラックホークの人達一人一人と接していく内に優しいところとか厳しいところとか、怒られることだってあるけどちゃんと人を褒めることの出来る人達だ。

何も知らないくせに。


私の士官学校時代からのクラスメイトたちは、何が面白いのか笑っている。


あぁ、そういえば私がブラックホーク所属になった時…




『名前!ブラックホークどう??殺されかけたりしてないっ?!』

『…してないよ。』

『ホントに?!顔色悪いわよ??ホントは脅されてたりしてるんじゃないの?!』

『されてない…。』


彼らがそんなことするわけないじゃないですか。
怖い時もあるけど、優しい人なんだもの。


も、やだ…

逃げたい。
でも…逃げたら何ていわれるか……

脅されてるのよ、きっと。だなんて影で囃したてられるに決まっている。


『名前さん?』

『…コ、コナツさん…』

『こんなところにいらしたんですね。アヤナミ様が呼んでましたよ。』

『あ…はい。』


私は、目線を明後日の方向へと向けて気まずそうに立っているにクラスメイトに小さく笑いかけて『じゃぁね。』と言うと早々にその場を去った。


『コナツさんも執務室へ戻られますか?』

『はい。』

『ではご一緒させてください。』

『えぇ、どうぞ。』


クラスメイトに背を向けてしばらく二人で執務室への通路を歩いていると、コナツさんが少しだけ困った顔をして話しかけてきた。


『あ、あのですね…。アヤナミ様が呼ばれていたということなんですけど…』

『あ、はい。アヤナミ様に呼び出されるなんて…私、何か不手際でも…』

『いえ…そういうんじゃなくてですね。……実はあれ、嘘…なんです。』

『え??』

『その…先ほど名前さんが困っていたみたいだったので、つい…。大きなお世話だったらごめんなさい。』

『………』


気づいて、いたの??


『名前さん?』

『……』


どうしよう…

嬉しい……


『…ありがとう、ございます。』



仕事にもブラックホークにもまだイマイチ慣れない私に、優しく接してくれたのは今更言うまでもなくコナツさんで。
コナツさんのおかげで仕事をより早く覚えられて、ブラックホークの皆さんと打ち解けられて…。

一見、優しさに見える冷たさにうんざりしていた私に温かい笑顔をくれた人。

コナツさんといると身体だけじゃなく、心まで温かくなれる。



「にゃぁ。」


私は思い出したように心の中で笑った。

あれは悪い思い出なんかじゃない。
コナツさんがいるというそれだけでいい思い出に変わるのだから。


「あ、猫だ。野良かな?」

「でも首輪ついてるよ。」

「ホントだ。おいでー」


彼女達は私を手招きして呼んだけれど、私はまた小さく「にゃぁ」と鳴いてリンと鈴を鳴らしながらその場を去った。


性格ブスと言ったのが彼女達に届かなかったのが至極残念だ。


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