08
「にゃーにゃー…」
猫の私は絶賛猫探し中です。
垣根を分けて、何だかお腹が空いたなぁと思い始めた頃…そうだ!高いところから見下ろすと見つかるかもしれない!!と思って木に器用に登ると、今度は降りれなくなりました。
なので正確に言うと、
猫の私は絶賛猫探し中でした。が正解だろう。
今はどうやって降りようか思案するものの、この高さにすっかり竦みあがって足も思考もなかなか動いてくれない。
猫だからピョンっとウサギよろしく降りれるさ!と一瞬だけポジティブになってみたが、その後についてまわるのは骨折したらどうしようとか、打ち所悪くて死んだらどうしようとかネガティブな思考ばかり。
この猫の姿で死ぬのはかなりイヤだ。
もし誰も私に気付いてくれなくて、このまま衰弱して死んでしまったら悔やんでも悔やみきれない。
「にゃぁ…」
何だかどんどん悲しくなって、ついにはポロポロと泣き出してしまった。
体は竦みあがっているせいか、鈴さえもならない。
きっともう誰も見つけてくれないんだ、と究極なネガティブに達した時、「ナマエ?」と名前を呼ばれた。
ハッとして下を見るとコナツさんが腕を伸ばしてきていた。
「にゃぁ!」
「降りれなくなったの?」
「にゃぁ。」
「受け止めてあげるから飛び降りれる?」
「…」
正直言って怖い。
体は氷のように固まっているけれど、私は小さく頷くと少しだけ息を呑んで飛び降りた。
だってコナツさんだから。
ちゃんと受け止めてくれるって信じてる。
ドサッと音がしたと同時に体が柔らかい感触に包まれた。
「ナマエすっごく汚れてる。一体どこを駆け回ったの。」
少しだけ怒ったように、だけどそう言って笑うコナツさんの腕にキャッチされた私は、鼻を彼の胸板に押し付けた。
「怖かったの?」
「にゃぁ。」
数回頷くと、汚れているのにもかかわらず私の頭を数回撫でてくれた。
「お昼過ぎても帰ってこないから心配したんだよ。」
それで探しに来てくれたの??
私が『名前』の猫だから??
私を探しに来てくれた嬉しさ。
それと同時に人間の自分にちょっぴり嫉妬してしまって小さく笑った。
この人は猫の私も人間の私も、どっちも大切にしてくれている。
それが『名前』であれ『ナマエ』であれ、どちらも私なのだから幸せものだ。
「帰ろっか。お昼ご飯冷めちゃったかな。あ、猫舌だから冷めてもいいのか。」
「にゃ。」
しっかりと頷いた私はしっかりとコナツさんに抱えなおされた。
その時にふと見えた薄汚れた猫の死骸。
そこは私がまだ探していない場所で、視界も悪く草木に囲まれていた。
それが『あぁ、私がニボシをあげた猫だ。』と気付くまでに大した時間は掛からなかった。
やせ細っているというわけでもないから餓死ではないのだろうけれど、それが寿命なのか病気だったのかはわからない。
だけど誰にも埋葬されずに死んだ姿のままでいる猫の姿に寂しさを覚えて、ギュウッと胸が締め付けられた。
「にゃぁ。」
今の私ではどうしてあげることもできず、私はただただコナツさんの腕の中で彼に見つけてもらえた幸せと、死んでいる猫への寂しさを募らせた。
「じゃぁオレたち出かけてくるね。」
そういってヒュウガ少佐たちが任務に出て行ったのはいつだっただろうか。
確か私がコナツさんの手によって水で汚れを落とされて、昼食を取った後すぐだったから1時間前くらいだ。
今回お留守番になったのはハルセさんとクロユリ中佐、それからカツラギ大佐だ。
カツラギ大佐はいなくなった『名前』を探すために情報を集めに出ているし、ハルセさんは処理済の書類を各部署に届けに行っているので実質、今執務室にいるのは私とクロユリ中佐だけだ。
クロユリ中佐は猫が嫌いらしいので、近寄らないようにソファの上で大人しく丸まってウトウトしていると、クロユリ中佐が急に椅子から降りてこっちに近づいてくる音がした。
私はその足音にピクリピクリと耳を揺らし、瞳を開く。
すると、何を思ったのかクロユリ中佐は「しー。」と口元に人差し指を当てて静かにするように制してきた。
別にうるさくした覚えはないし、これからもするつもりはない。
クロユリ中佐の行動に訳がわからず首を傾げると、頭から体までゆっくりと優しく撫でられた。
「ふわふわだ…」
何だか感激されていらっしゃるようで。
あれ?猫嫌いなんじゃなかったんだっけ??
「ボクネコは嫌いだけどナマエは嫌いじゃないよ。」
一瞬、私が『名前』だとバレたのかとドキリとしてしまった。
けれど、ニュアンス的に『ナマエ』のようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「ナマエって名前みたいでなんか見てて面白い。」
「…にゃ。」
どういう意味ですか、それ。
「ナマエ、いい子いい子。」
恐る恐る撫でているのが伝わってくる。
それが少しだけくすぐったくて、楽しそうなクロユリ中佐に「にゃぁ。」と鳴くと、また「しー」と人差し指を口元に当てた。
きっと、ボクネコ嫌いと言った手前、こんな風に人前で触るのが恥ずかしいのだろう。
不器用なクロユリ中佐が可愛くて、人間に戻ったら思いっきり抱きしめて撫でまくろうと心に決めた。
それからハルセさんが戻ってきて、クロユリ中佐は何事もなかったかのようにお昼寝タイムに入り、また1時間が経った頃にやっと出かけていた3人が帰ってきた。
外は茜色から藍色に飲み込まれようとしている、そんな時間帯だ。
「にゃぁ。」
おかえりなさい、と駆け寄ると一番初めに気付いてくれたコナツさんに抱き上げられた。
「ただいま。」
「にゃぁ。」
もう一度おかえりなさいと鳴くと、コナツさんは小さく微笑んでから私を腕に抱いて椅子に座った。
何だかこの位置が定着しつつある今日この頃だ。
ハルセさんが皆の分の飲み物を淹れて持ってきてくれた。
私には若干冷めた紅茶で、皆わかってきてるなぁと苦笑してそれを飲んでいると、カツラギ大佐が戻ってきた。
と思ったらすぐに参謀長官室に入っていき、少しだけ話した後、二人して執務室へ戻ってきた。
何だかあまりいい雰囲気ではないので、私が首を傾げているとアヤナミ様と目が合った。
察するにどうやら私のことらしい。
「カツラギに居なくなった名前を探してもらっていたんだが、あの日部屋から出た形跡もないらしい。」
「じゃぁどうやって居なくなったの?」
ヒュウガ少佐が首を傾げる。
まぁ、実際には居なくなったわけではなくて猫になっただけなのだから問題はそこじゃない。
何故私が猫になったか、だ。
やっぱりあの猫の呪いかなぁ…。
もうそれしか考えられない。
汚れていたとはいえ白い猫みたいだったし、神様の使いとか…?!?!
「どうやって居なくなったのかはわからないが、名前の部屋近くの通路の監視カメラが深夜3時頃に一時的に不具合を起こしていて3分ほど映っていなかったらしい。」
「不具合ですか??もしかしたらその3分の間に名前さんの部屋に誰かが入ったと…?」
「それもありえない話しではないですが、たった3分で鍵の掛かっている部屋に鍵をこじ開けて入った上に、何かをして出て行ったとなるとかなり手慣れていますよ。」
コナツさんの問いにカツラギ大佐が返すと、皆が「う〜ん…」と呻き始めた。
「それに名前を連れ去った理由がわからない。脅迫文が届いているわけでもないからな。」
「…その3分はただの不具合だったとしてさ、もしかしたらあだ名たんが帰ったとか考えられない??」
ほら、あだ名たんって元々この世界の人間じゃなかったでしょ?と言い始めたヒュウガ少佐に、私を抱きしめているコナツさんの腕に力が入った。
「名前さんが別れの挨拶もなしに帰るとは思えません。」
「でもこっちに来たのが急なら帰るのも急かもでしょ??」
なんだなんだ。
私はここにいるっていうのに、空気が悪くなってきたぞ。
「確証がありません。」
「確証??あだ名たんが別の世界から来たって段階で確証なんてなかったよね。」
認めたくないコナツさんと、もしかしたらと説明するヒュウガ少佐に私はどうしたらいいのかわからず、アヤナミ様を見上げた。
目がばっちり合うと、アヤナミ様は小さく嘆息して「いい加減にしろ。」と二人を制してくれた。
「二人の会話にはどちらも確証などないだろうが。カツラギにはまだしばらく探してもらうことにしている。これ以上言い合うなら書類を増やしてやる。」
「え〜!それはヤダ!!」
とヒュウガ少佐が反応している際に、コナツさんはひどく辛そうな顔をしてどこでもないどこかを見つめていた。
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