07
タオル取ってくるわねと奥へ入っていった店長の背中に「ありがとうございます」と声をかけ、私は水も滴るなんとやらと自分で言ってのけた男を見上げた。
コナツさんよりガタイが良くて背が高い分、『ザ男!!』という感じがひしひしと伝わってくる…のにサングラス。
何故か妙なサングラス。
今日は曇りなんだけどな…。と思いながらも、中々ツッコめないでいる私、チキン。
何故つけているのだろうか。
もしかしたらこのサングラスが彼のチャームポイントなのかもしれない。
それならば馬鹿にはできないだろう。
する気も全くないけれど。
ただの私の強い探究心なだけだ。
「あの、この前もつけてましたよね、サングラス。」
ふと口から出た私の言葉に彼は小さく小首を傾げた。
どこかで会ったっけ?といった表情を浮かべる彼に「りんご飴貰いました。」と言うがそれでもピンと来ていないようだ。
ピンとこないくらい彼はりんご飴を誰かに配っているのだろうか。
もしかしてサングラスを掛けた見かけは変質者、中身はいい人なりんご飴を配る人だったり…とそこまで考えて止めた、んなわけ絶対ない。
「人違いだったら申し訳ないんですが。先日第2公園近くからマンションまで送ってくれた方ですよね?」
「あぁ!うん、ちゃんと覚えてるよ。最初は気付かなかったけどね。あの時暗かったからさ♪っていうか、どうしてサングラスを凝視して、聞いてくる質問がサングラスについてなの?重要視するとこ違うような気がするんだけどなぁ。」
「……いえ、似合っているなと思いまして。」
これは断じて嘘ではない。
違和感がないくらいには似合っている。
ただこの前といい今日といい、微妙な天気の時に掛けられているといろいろとツッコミたくなるだけで。
「ありがと♪それにしてもオレだってよく気付いたね。」
「…はい、まぁ……。」
さすがにそのサングラスで判断しましたとはとてもじゃないけれど言い辛い。
雰囲気が胡散臭かろうが、サングラスが胡散臭かろうが、私に親切にしてくれたことには何ら変わりはないのだから。
いかんいかん、少しサングラスから気を逸らさなければ話しが進まない。
「その節はありがとうとざいました!助かりました。」
「その後は無事?」
「まぁ、はい。また出くわしちゃったんですけど、ルームシェアの相手が助けてくれて。無事撃退で警察に捕まってました。」
「それはよかったね♪」
あの時のコナツさんはかっこよかったんですよ!と言いかけて口を噤む。
伝えてもキョトンとされるのがオチだろうし。
あの暗闇でもコナツさんのはちみつ色の髪は綺麗で…、と一人回想していたところで一つ思い出した。
「あの、そういえばこれくらいの背の、はちみつ色の髪の青年を探しているってこの前言われてましたよね??」
もしかしたらコナツさんのことで、2人は知り合いだったりしちゃうのかもしれない。
それはすごい偶然だと思う。
だけど、探しているということはコナツさんは家の場所を彼に教えていないということになる。
つまり、今私は余計なことを口走ってしまったかもしれない。
しかし一度口から滑り出してしまった言葉はもう飲み込むことはできないのだ。
「もしかして知ってるの?」
「…その、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ん?コナツだけど?」
やっぱり。
「その様子だと知ってるみたいだね。思い出したの?」
「…はい。」
「安心してよ、そんな悪い仲じゃないんだから♪」
意外にも鋭い彼に、私はもうバレてしまったのなら仕方がないと頷いて見せた。
「あの時私気が動転していて『知らない』って答えちゃったんですけど知ってます。その、変質者撃退してくれたのコナツさんなので。」
恐る恐るそう言うと、彼は口を開け、序でに目も大きく開いたのがサングラス越しに見えた。
何故かポカンとしている彼に今度は私が首を傾げる。
そんなに驚くようなことだっただろうか。
思い当たる節があるというと、男女でルームシェアをしているということくらいか。
だけどそこまで驚く事ではないはずだ。
「……え、撃退したのってルームシェアの相手…って、言ってたよね?」
「はい、2ヶ月ほど前からルームシェアしてますよ。」
小さく頷いて微笑むと、彼は私の笑みとはまた違ったにんまりとした笑みを浮かべた。
子どもが悪巧みをしているような、そんな表情だ。
「ふぅん♪人助けはしておくものだねぇ♪」
「お知り合いですか?」
「ちょっとね☆」
流された関係性に私はやはり無性に気になった。
私はコナツさんに隠し事なんてしてないというのに、彼はどうやら私に隠し事がたくさんあるらしい。
『名前、なんか手伝おうか?』
『えっと、じゃぁ灰汁をとってもらっていいですか?』
『うん。』
『コナツさんは正義の味方ですね!』
『何、急に。どうしたの?』
『『あくとり』(悪取り)だけに正義の味方、なんちゃって。』
『………』
『……』
……………。
『………あの、笑うか馬鹿にするかどっちかしてもらえると助かります。』
『いや、僕の上司みたいなこと言うなぁと思って。僕、職場だとどうしてかツッコミなんだよね。』
『あ、なんかわかります。コナツさんそんな感じですもん。』
『そんな感じってどんな感じ?!?!』
あの時のギャグにコナツさんは呆れたように笑っていたっけ。と何故かここ最近の穏やかな日常を今ふと思い出した。
何故か『水も滴るいい男ってね☆』と濡れた前髪をかきあげながらそんな冗談を言った黒髪の男性をみて、ふと『この人がコナツさんの上司かもしれない』なんて思う。
だってコナツさんが隠すことといえば職業・職場関係だけなのだ。
女の勘というやつで、私の勘は意外に当たっちゃったりする。
「そうだ!この前のお礼も、今日のお詫びもしたいので御夕飯一緒にいかがですか?奢ります!」
そう提案した瞬間、タオルを取りに行っていた店長が戻ってきた。
渡されたタオルで髪や服を拭っていくももの、天気も良くないし渇きそうにない。
そんな私を見兼ねたのか、店長は「今日はもう店閉じるだけだから帰っちゃいなさい。」と言ってくれた。
「いえ、でも、」
「風邪でもひいたら大変でしょ。この前は私が息子の誕生日の日に甘えたんだから、名前ちゃんも素直に甘えちゃいなさい。ね?」
渋る私だったが、店長はもう帰らせる気満々といったところだ。
しかし夕暮れで陽が沈んできた今、濡れた服はひんやりと冷たくなってきて私は本当にこのままだと風邪を引きそうだと、お言葉に甘える事にした。
「クリーニング代お出ししますね。」
店長が彼にそう言うが、彼は「気にしてないし、別に汚れたわけじゃないから♪」とお金は受け取っていなかった。
「えっと、名前ちゃんだっけ?」
店長と私の会話をしっかりと聞いていたのだろう、彼は私の名前を聞くようにして呼んだ。
「はい。」
「まだ話しがあるから、表で待ってるね♪」
そんな私達の様子に店長は目を丸くして視線を私と彼に向けて、何を悟ったのか「クリーニング代なら、」と顔を青ざめた。
恐らくこの後私が彼に怒られるとでも思ったのだろう。
いい人だ、店長。
「あの店長。この間お話した、変質者に追いかけられた時にマンションの前まで送ってくださった方って、実は彼なんです。」
頷く彼と私の言葉に安堵したのか、今度は彼にお礼を言い始めた。
私は2人をそのままに奥に引っ込んで帰り支度を整え、また店に戻ると和気藹々といった感じで話をしていて、どうやら2人は知らない人とでも会話ができちゃうタイプのようだと思った。
「では、店長、お言葉に甘えてお先失礼しますね。」
「帰ったらちゃんと着替えて温かくするのよ。」
「はい。」
お疲れ様でした、と店を後にして彼と並んで街を歩く。
さて、どこのご飯やさんがいいだろうかと彼に質問しようとすると、「ねぇ、さっきの話の続きなんだけどさ。」と逆に声を掛けられた。
「あ、はい。何が食べたいですか?」
「オレ、君の手料理が食べたいな。君の家で♪」
意図がある。
そう感じたけれど、特に断る理由もない。
自宅を教えなかったコナツさんには申し訳ないけれど。
「いいですけど…人並み程度ですよ?」
「気にしない気にしない♪決定ね☆」
何だかご機嫌な彼は、ここでやっと思い出したかのように『ヒュウガ』と名乗った。
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