09



「おいしいよ、名前ちゃん♪料理上手なんだね♪ね、コナツ。」


知ってます、名前が料理上手なのくらい。そう声を大にして言えたらどれだけいいか。
言った瞬間、少佐の顔がにんまりと歪むことは間違いないだろう。
一つ頷くだけに思いを留め、ハンバーグを頬張る。

おいしい。
なんだこのジューシー感。
こんなのお店でしか味わえないと思っていたのに。
いつでもお嫁にきてくれて構わないと心底思う。
思うけどもう一切れハンバーグを頬張るだけに衝動を抑えた。
どれもこれも全て少佐がこの場にいるせいだ。


「そういえばお二方はどういったお知り合いなんですか?」


この状況でその質問はきっとごく普通なものだっただろう。
名前がその質問をすることは何となくわかっていたし、気になっているであろうことも悟っていた。
だけど何もこのタイミングじゃなくてもいいはずだ。

口の中ではまだ咀嚼されていないハンバーグがまだごろりと存在感を主張している。
ゆっくり味わって食べたいのに、少佐がいらぬことを言う前にと必死に咀嚼して水を飲んだ。


「…………友人、かな…。」


少佐、すみません、すみません、少しの間僕にお付き合いください。
そう思いを込めて少佐を見ると、「ふぅーん??」とニヤニヤしているではないか。
しまった、学生時代の先輩とでも言っておくべきだった。
それだと強ち嘘ではないし、嘘を吐いている事への罪悪感も2割減だっただろうに。
チクチクとなけなしの良心が痛むのを感じている中、名前は純粋に「そうなんですか!すごい偶然ですね!」と信じきっているようで、その素直さが更に良心をグサリと突き刺した。


「そうなんだーオレたち大親友でねぇ〜♪」


空気を読んでくれたのはいいが、馴れ馴れしく肩を組まれる。
その机の下では名前にバレないように『オレに嘘吐かせたんだから貸し1ね☆』とザイフォンを宙に浮かべて僕に見せてきた。
攻撃系のそのザイフォンはすぐに消え去ったけれど、僕の心の中には嫌な相手に貸しを作ったなと重苦しくなる。


「小さい頃からのお知り合いですか??昔は一緒によく遊んだとか?!」

「……どうだったっけなぁ…イマイチ覚えてないや☆あ、未だにちゃんばらごっこはするよね♪」


なにがちゃんばらごっこですか。
本物の刀で人間斬っているのに『ごっこ』はないだろう、『ごっこ』は。
上手い具合に嘘を吐かないようにしている少佐を見ていると、やはりここは素直に『上司』なんだと言ったほうが良かったのかもしれない。
少佐は日頃何も考えていないようにも見えるし、仕事もよくサボるけど、そういう…なんというか、人を見抜く力は人一倍あると思っている。
そこは上司として尊敬しているし、少佐にべグライターにしてもらった時のことは今も忘れてなんていない。


「ちゃんばらごっこですか?」

「男性は何歳になっても子どもだからね♪」


少佐の冗談とも取れる言葉に名前が笑っている。
本気とも知らないで。




***




「いい子だねぇ、名前ちゃん。」


キッチンのシンクで食器を洗っている名前に視線を向けながら、食後のコーヒーを飲んでいる少佐がしみじみと呟いた。
僕は口をつけようとしていたカップを一先ずそのままに少佐をジト目で睨む。


「手、出さないでくださいよ少佐。」

「そんなことしないよ。」


少佐は冗談めかして両手をあげるなりやれやれと首を振った。
それが何だか妙に勘に触って仕方がない。
それじゃまるでまるで僕が聞き分けのない子どものようじゃないか。


「はちみつ色の毛並みの上にベビーフェイスで、実はその可愛い外見とは裏腹に噛み付いて暴れるハムスターに斬りかかられそうだからね♪」

「誰がハムスターですか、誰が。」


見た目ナマケモノで実は切れ者な鷹…のくせに全然爪を見せない鷹に言われたくないや。
脳ある鷹は爪を隠すとどんなにいっても、隠したままだとそれはただのナマケモノだ。

「名前ちゃんとはいつ頃出会ったの?」

「内緒です。」

「どんな出会い方したの?」

「内緒です。」

「名前ちゃんのどこが好き?」

「内緒です。」

「もーコナツってばつまんなーい。」


つまんないと言いながらもやはりどこか楽しそうに見えるのは僕だけなのだろうか。
きっとキッチンにたっている名前も会話こそ聞こえていないだろうが、僕らの表情は見えるはずで、きっと心の中で『和気藹々と話してるなぁ』くらいは思っているだろう。
一見、そう見えるはずだ。


「じゃぁさ、ちゅーくらいした?」

「してるわけないじゃないですか!!!」


ぶっ飛んだ質問につい大声を出して叫ぶと、名前が「どうしたんですかー?」とキッチンから声を掛けてきたので「何でもないよ」ととりあえず誤魔化しておく。
少佐は『なーんだ』と唇を尖らせながら頬杖をついていて、「2人とも結構いい感じだと思うよ?」と嬉しい言葉をくれる。
くれるけど、別に今日、今、この場所で言わなくてもいいだろうに。
そろそろお引取り願いたいものだ。
時計はそろそろ21:30を指そうとしているのに、少佐が腰を上げる様子は一向にない。


「それはありがとうございます。それより少佐、明日は朝一で会議が入っている上に書類がたくさん溜まっていて遅刻されると非常に困るので、そろそろ帰って寝たほうが、」

「コナツ、酒ある?ないなら買って来て、お金あげるから。」


寝たほうが良いと思います。と直属の部下である僕の優しい言葉が最後まで続くはずだったのに、どうやら少佐は僕をパシリに使う気だ。
なんて上司だ。
しかも僕も名前も呑まないのでこの家にお酒はない
アルコール類なんてみりんと料理酒くらいじゃないだろうか。
買いに行くとなるとここから徒歩で15分はかかる店まで行かなくてはならない。
往復で30分、買う時間を考慮して…と少なく見積もっても40分はかかりそうだ。
走ればまた別だけど、行きは良くても帰りは走れない。
炭酸飲料は開けたとき悲惨な状況になりそうで、想像しただけで部屋の中がアルコール臭くなったように感じた。


「買ってくるんですか?呑みたいならご自分で買われて帰られては?」

「さっきの貸しはこれで無しにしてあげるから。」


少佐は何が何でも僕を追い出したいらしく、ため息を吐きながら「わかりましたよ」と腰を上げた。
本来ならここで少佐が『もうそろそろ帰るね☆』と腰を上げるべきだったのに、どこでどう間違ったのかおかしな話だ。
僕が少佐に隠し事をし始めたときから、いろいろと間違っていたのだろうか。


「名前に何かしたら、」

「しないしない。」


これだから恋する男はめんどくさいなぁ、と少佐が首を横に振るのを青筋を立てながら見て、それから「ちょっと出かけてくるね。」と名前に声をかけて家を出る。
そして行きだけでも走ればトータル30分前後で家に帰れるだろうと、訓練並みに全速力で走り出した。




***




キッチンで洗いものを済ませ、デザートにとりんごを[D:21085]いていると、急にコナツさんがどこかへ出かけてしまった。
お客様を待たせるわけにはいかず、急いでりんごを[D:21085]いてリビングに戻ると、ヒュウガさんは一人ゆったりと足を伸ばしてコーヒーを啜っていた。
その足の長いこと。


「コナツさんどこ行ったんですか?」

「なんかお酒が呑みたくなったから買ってくるって。」

「珍しい!」


コナツさんがこの家でお酒を呑むなんて初めてじゃないだろうか。
『上司』の方と晩御飯食べてくるから、と言って夜遅く帰って来る時くらいしか彼からお酒の香りがしたことはないため、あまり好まないのだと思っていた。
実は私は意外にも好きだったりするのだが、お金を貯めたいがために現在禁酒をしている。
もし隣で飲まれたらひどく辛かっただろうが、それもないので安心していたところだったのに、まさかお酒を買いに行っているとは。


「コナツさんってお酒強いんでしょうか??ヒュウガさんは強そうですよね。」

「オレは人並み程度だよ。コナツよりは飲めるけどね。」

「酔ったコナツさんかぁ、顔が赤くなったりしたら何だか可愛いですね。」


想像して笑っていると、ヒュウガさんは透明なお皿に盛られたりんごへと手を伸ばし、シャクと一口齧った。


「ねぇ名前ちゃん。名前ちゃんはさ、ホントにオレとコナツが大親友だって思ってる?」


笑っていた私の表情はピタリと止み、真っ直ぐにこちらを見据えている彼の瞳を見つめ返す。
深い黒色の瞳だ。
全てを見透かしてしまいそうな、そして染めてしまいそうな、黒。


「ヒュウガさんはちょっぴり意地悪さんですね。」


にこりと微笑むと、彼は無表情から一転、私と同じようににこりと笑ってフォークに突き刺したままの残りのりんごを口に放った。


「正直、違うかな、って思います。多分…上司さんとかですか?コナツさん、私に自分の仕事関係バレたくないみたいなんです。だから、気付いていないふりをしていたほうがいいかなって。」

「コナツが何で隠してるか、知りたい?」

「いいえ。何のお仕事をしているのか、何故教えてくれないのか、私は知りたくありません。貴方の口からは、知りたくありません。」


別に知らないままでもいいのかもしれないなんて思い始めてきた。
もし仮に私が知ってしまったら、彼はこの家を出てしまうかもしれない。
それならば、私は知らないままで居た方が彼と長く一緒に居られるのではないだろうかとさえ思うのだ。
ひどく臆病なのかもしれないけれど、好奇心よりその感情が遥かに勝っている。


「じゃぁ名前ちゃん、暴いてやってよ。でないと進まない。君もコナツも、恋愛にはひどく臆病みたいだからね。」


もう一切れりんごを手に取ると、彼は私の答えを聞かずにそのまま腰を上げた。




***




「え、あれ?」


急いでビールやらチューハイやら適当に買ってきたのに、帰ったら少佐はいなかった。
ラグの上にさっきまでいた少佐がいないことは、玄関に靴がなかった時点で何となく気付いていたけれど、実際リビングを覗いてみると一気に脱力する。
右手にビニール袋がひどく重たく感じて、ガコンとテーブルの上にそれを乗せた。


「おかえりなさいコナツさん。」


笑顔の名前が迎えてくれるも、行きは全速力で突っ走った自分が滑稽に見えてくる。
しっとりと汗もかいてしまったし、シャワーを浴びたくなってきた。


「ただいま。帰ったんだね。」

「はい、つい先ほど。また遊びにくると言ってましたよ。」


こなくていい、一生こなくていい。
職場でもここでも振り回されっぱなしじゃないか。
大体帰る間際に明日の朝一の会議と溜まっている書類があるということを釘刺しておこうと思ったのに、逃げるように帰った少佐が恨めしい。
明日遅刻してきたら即座にアヤナミ様に言いつけよう。


「何もされなかった?」

「はい。コナツさんのお知り合いの方が何かなさるわけないじゃないですか。」


小さく笑う名前が僕を信じてくれているのは嬉しいけれど、相手は少佐だ。
一筋縄ではいかない人なのだ。
一から10まで教えたいが、教えるとなれば『上司』であることを明かさなくてはならない。
その上仕事内容までバレてしまうだろう。
結局教えるのは諦めて、一日の汚れがついた体を洗い流すためにお風呂に入ることにした。


「シャワー浴びてくるから先寝ててもいいよ。」

「いえ、待ってます。上がったらりんご食べますか?」

「明日の朝食べるよ。」


じゃぁラップしておきますね。と微笑んだいつもの優しげな笑顔に、少佐のせいで溜まっていた疲れが吹き飛んだ気がした。


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