愛の挑戦者


推薦入試会場。かの有名な雄英高校ヒーロー科の入試会場ともなれば、人で溢れている。恐らく、各個それぞれ所属する中学ではトップクラスなのだろうが、驚くほどつまらない個性の者もいて正直敵らしい敵は数少なかった。

そんな中でも一際目を引いたのが苗字という少女。俺とは対照的な真っ黒の髪を風になびかせる姿は、年齢的に可愛らしいと形容することが多いはずなのに、可愛いとは違う、どちらかといえば美しい様相だった。

さらに誰とも一言も話しをしていないようだ。意を決した男が数人話しかけるも集中しているのか振り返る素振りすら見せない。

そしてなにより目を引いたのがその実力。特別強力というわけではないようだったが、その扱いに長けていた。

気付けば、その少女を目で追っていた。それは俺だけではなかったようで、同じような男が数人いた。

けれど、話しかけるタイミングもなく入試は終わってしまった。早々に帰ってしまったらしい彼女は、周囲を見渡しても姿が見えなかった。

結局この日知れたのは、苗字 名前という名前と個性だけ。だが確かに俺の心に突き刺さった彼女に、俺は生まれて初めての恋をしてしまった。





入試が終わってからも、苗字という少女は頭から離れてはくれなかった。俺には合格通知が届いたが、彼女は実技では残念ながら俺よりも下の成績だった。だから、合格しているかどうかはわからない。

もう一度会えたら話したいことがたくさんあるのだ。どうか受かっていてくれと他人の合格を祈りながら大きな扉を開ける。

すでに数人教室内にはいたが、彼女の姿は無かった。適当に挨拶を済ませて指定された座席へと腰掛ける。一人、また一人と教室に現れる。その中に彼女の姿はなかった。

空席もあと半分程度。諦めかけたそのときだった。扉が開いて現れたのはあの少女だった。


「……あなた、入試のときに見た顔だわ。」


なんというキセキだろうか。あんなにも焦がれた少女から声がかけられた。しかも、顔を覚えていてもらえた。


「轟、轟焦凍だ。俺もお前に見覚えがある。たしか苗字、だったか。」


ずっと見ていたなどと言えるはずもなく、さも今思い出した風を装ってしまった。しかし、彼女自身も注目を集めていた自覚はあったのか、なぜ知っているのだと咎められることはなかった。


「えぇ、そうよ。轟くん、これから一年よろしく。入試での成績は負けちゃったけど、もう負けるつもりはないわ。」


差し出された手は俺のものより一回り小さかった。その小さな手を握って一層恋心が膨らんだ気がした。


「あぁ、よろしく。ただ、俺も負けるつもりはない。」


もし俺が苗字よりもいい成績を残していなかったなら、こうして声をかけてももらえなかったかもしれない。

苗字の手から伝わるのはライバル心のようなものだ。お互いが一目惚れだなんていう夢はあっさりと砕かれてしまったが、苗字の目に止まり続ける方法がわかったのだ。結果オーライとしよう。

少しずつ、俺を意識すればいい。そのためにも苗字がずっと俺を見続ける場所に。一般入試のやつらには負けない。トップを走り続けてやる。

そして必ず振り向かせて見せる。


初恋だって、実らせてやる。

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