星空の下で
「苗字、ちょっとだけ付き合ってくれねぇか。」
今日は仮免試験があって疲れたから早く寝ようと思っていつもより早くお風呂に入った。
まだ濡れている髪をタオルで拭いながら共同スペースを横切っていたら、談話スペースにいた轟くんに声をかけられた。
「えっ、あっ、うん……ちょっと待っててね。」
驚いて肩が跳ねたのも無理はない。今日の仮免試験で、轟と爆豪は合格が出来なかった。そんな轟に声をかけられた理由がわからなかったのだ。
さすがにそのままついていくわけにもいかず、急いで自室で薄い上着を羽織った。あとは寝るだけだからと薄いパジャマ一枚ではさすがに恥ずかしい。
髪が含む水分も粗方拭って櫛で整える。変じゃないだろうかと三度は鏡を見てしまった。轟くんと二人でトレーニングをした日から、なんだか意識しすぎてしまっているような気もする。
あまり待たせるわけにもいかない。大丈夫だと自分に言い聞かせて部屋を出た。エレベーターを降りて談話スペースへと駆け寄れば、私の足音を聞いて轟くんが立ち上がった。
そこにいた常闇くんや口田くんが足音のせいか一瞬こちらを視線を投げたが、興味なさそうにすぐに戻っていった。
「悪ィ、行くか。」
轟くんが空けてくれた玄関を潜れば少しばかり涼しくなった外気が頬を撫でる。
前を歩く彼について行けば、どの寮からも少し離れたベンチへとたどり着いた。こんなところにこんなものがあったんだ。
轟くんはそこへ腰掛けたので、隣に腰掛ける。端に離れて座るのも変だと思ってしまったので、すぐ隣だ。ばくばくと脈打つ心臓がうるさい。少し前までは、こんな感覚なかったのに。
「苗字、ちょっと肩貸してくれ……。」
呼ばれたかと思えば肩にかかる僅かな重み。そっと隣を見れば、轟くんの綺麗な髪が揺れていた。
「今日、やっぱ苗字すげぇなって思っちまった。情けねーよな、オレ……。」
「轟くん……そんなことないよ。轟くんたちが戦ってくれてたから、私たちは安全に救助に回ることができたんだもん。」
救護スペースにずっといたから、轟くんになにがあったのかは詳しく知らない。ただ、士傑高校の人となにかあったことだけは聞いている。
きっと、そのときのことでなにか思うところがあったのかもしれない。でも、それは私が聞くべきことじゃないような気がして、当たり障りのないことしか言えなかった。
轟くんがめっきり黙ってしまったせいで、沈黙が重く感じる。いたたまれなくなってしまった感覚を振り払うようにさらりと、轟くんの髪を撫でた。
赤と白の対照的な髪が指の間を滑っていく。心地がよかったのか、轟くんの額が肩を擦っていく。甘えているんだろうか。
「轟くんはね、私のヒーローなんだよ。」
自然と言葉が零れてきた。突然のことに轟くんも視線をあげて私を見ている。
「私、自信が無かったの。自分の個性は八百万さんの劣化版で、私がなりたかったヒーローになんてなれっこないって思ってた。」
ぽつり、ぽつりと言葉が零れていく。思い返すのは、きっかけになったあの日のこと。
「でもね、轟くんが自主練の相手に私を選んでくれて、私の個性と八百万さんの個性は違うものなんだってはっきり言ってくれて、自信持てるようになったの。必殺技もずっと煮詰まってたんだけど、あの日からはアイデアがいっぱい出てね、」
話している内に興奮しすぎてしまったのだろうか。静かだった夜を彩っていた声が、轟くんに口を塞がれて止まってしまった。
私にかかっていたはずの重みもいつの間にかなくなっている。
「いや、その……悪ィ、なんか恥ずかしくなっちまって。」
轟くんの言葉で一気に羞恥が襲ってきた。本人に向かって私はなにを言ってしまっていたのだろう。しかも、轟くんの手が私に触れているというのもなんだか恥ずかしい。穴があったら今すぐ入りたいくらいだ。
「苗字、ありがとな。ちょっとへこんでたけど、苗字のおかげで元気出た。」
ようやく口を塞いでいた手は離されたけど、一度感じた恥ずかしさは消えていってくれなかった。
「苗字にとってのヒーローが俺なら、俺にとってのヒーローは苗字だな。」
立ち上がった轟くんはまだ湿っている私の髪を撫でてくれた。轟くんへの感情がそこに名前をつけてくれと訴えかけてくる。
ただのクラスメイトから、気になるクラスメイトへ。一歩踏み出してしまえば、あとは急速に落ちていくだけだった。
私は彼に恋を、してしまいました。
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