オオカミ?いいえ、わんこです
「ちょこまかちょこまかと逃げやがって……!クソ雑魚のくせに覚悟は出来てんだろうなァ!?」
今日の勝己はすこぶる機嫌が悪かったらしい。緊急で呼び出されたせいでもともと機嫌が悪かったのもある。そのうえ敵があっちへこっちへ個性を駆使して逃げ回る所為で、無駄に体力を削られ、なかなか帰ってこられなかった。
結局敵は勝己に捕まったけれど、かなりボロボロだったらしい。そこまでやらなくてもよかったと怒られたらしい。
触らぬ勝己に祟りなし。少しでも話しかけようものならキレられそうだったから、と勝己の相棒の一人が構えといてください、と私に連絡を寄越してきた。
確かに、それはただならぬ事態だ。構えておかなければならない。多分勝己はすぐに帰ってくるので、今のうちにやっておかなければならないことを出来うる限りやっておく。
彼らは知らない。家の中での勝己がどんなものか。彼らの“構える”と私の“構える”の内容が違うことも、当然知らない。
出来ればこの洗濯物の山だけは片付けてしまいたい。けれど、その願いは聞き届けてもらえなかったようで、まだ手を付けて3枚目だと言うのにバタン、と扉の閉まる音がした。
「おかえり勝己。お疲れさ……ま!?」
相棒の彼が泣きそうな声をしていた理由がわかった。今日の勝己は過去最高レベルで機嫌が悪い。
持っていた洗濯物を山に戻した瞬間に担ぎ上げられて寝室へと運ばれる。その間終始無言だ。
「勝己、大丈夫?」
ボスッと少々乱暴にベッドに投げられて、スプリングが軋む音がした。それを意に介さない勝己は私の隣へと身を投げる。
腕は私に絡みついたままだ。離すつもりは毛頭ないらしい。
「……クソが。」
痛いほどに抱きしめられて小さな声が聞こえた。本当にお疲れのようだ。どうにかこうにか身を捩じらせて腕だけを自由にする。
「今日も大変だったね。」
私と違う、少し硬い髪を掻き分けて優しく頭を撫でてやる。徐々に張っていた気を緩めた勝己はそのまま額を私の胸元へと押し付ける。これはもっと撫でろの意だ。
疲れた日はいつもこうなのだ。
「名前。」
「ん?」
ようやく満足したのか、痛いほど力を込められていた腕が僅かに緩んだ。いつもは見上げるだけの瞳が、今日は勝己を見下ろしてる。
背に回されていた腕が首元に移動して、ぐっと下へ力をかけられる。抗うほどの力のない私はそのまま背を丸めて勝己に顔が近付く。
そっと目を閉じれば、重なる唇。何度も何度も唇を食まれて、呼吸が苦しくなる。こうなってしまっては、勝己のペースだ。
私の呼吸が限界になる前にキスの嵐は止んで、またすりすりとまるでネコのように額を擦り付ける。
勝己の意図を汲んでまた頭を撫でる。本当に、外での勝己からは想像できない甘えん坊だ。
「勝己、お風呂入る?あとお湯張るだけなんだけど。」
「名前は?」
「一緒に入る?」
「当然だろ。」
むくりと起き上がった勝己に引っ張られるように私も起き上がる。ベッドを降りようとしたら勝己に制止されて、まだ腕の中だ。背中に張り付いた勝己を引き剥がせるはずもなく、体を預ける。
すると、体の浮遊感があった。勝己が私を抱き上げたのだ。ボタンを押すだけなのだから待っていればいいのに、その時間さえこの甘えん坊には惜しいらしい。
ボタンを押して、お湯が溜まるのを待つ間も勝己は私を離さない。唇から首筋から肩から指先まで、余すところなく口付けを降らせる。
私もお返しと何度も口付けを送る。勝己から香るニトロの甘い香りが私を安心させる。
幾度となく繰り返された甘い時間の終わりを告げるお湯を張り終わった音。名残惜しそうに離れた唇は拗ねたように僅かに尖っていて本当に可愛い。
私だけが知っている、勝己の一面。
明日からも頑張ってね、ヒーロー。疲れは全部私が癒すから。
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