愛憎表裏
「だって仕方ないじゃないですか!私の個性だと出久くんに頼むよりも爆豪先輩に頼んだ方が効率いいんです!出久くんだって言ってたじゃないですか!」
「だからって二人きりでやることないだろ!僕も混ぜてくれればよかったんだ!」
「そんなことしたら爆豪先輩が特訓してくれないの、出久くんにだってわかるでしょ!」
つい先日、周囲の応援もあってついにお付き合いすることになった二人だったのだが、今日はそんな空気を微塵も感じさせないほどの怒声が響き渡っていた。
2年生の緑谷が所属するクラスの寮の前で喧嘩をするものだから、なんだなんだと緑谷のクラスメイトのギャラリーが数人見える。
こうなったのは今日の昼間のことが原因だった。
日曜日。ヒーロー科唯一の休日。休日を利用して出かけたり、自主練をしたりと各々が好きなように過ごす日だ。さらに言えば今日はとても天気がいい。まさにお出かけ日和というやつだろう。
そんな日だから、と僕は名前ちゃんをデートに誘おうと意気込んで、精一杯にめかし込んで、名前ちゃんがいるであろう1年の寮へと向かった。
だというのにだ。寮についたら名前ちゃんのクラスメイトに名前ちゃんは僕たちの寮へ向かったという。寮へ向かう道は一本道のはずだが、すれ違うことはなかった。
いい天気だからと名前ちゃんは散歩がてら遠回りして寮へ向かったのだろうか。それなら理解は出来る。だとしたら、名前ちゃんは僕らの寮で待ちくたびれているかもしれない。
そう思って急いで帰ってきたのに、寮のどこにも名前ちゃんがいない。ラウンジにも、僕の部屋にもどこにもいない。
うろうろと寮の中をさ迷っていたら、切島くんが声をかけてくれた。二人で寮を探し回ったけどやっぱり名前ちゃんは見つからなくて、諦めて部屋に戻ろうとしたときだった。
「あら、緑谷ちゃん。こんなところでどうしたの?てっきり名前ちゃんと爆豪ちゃんと一緒かと思ったけど……違ったのね。」
外に出ていたらしい蛙吹……梅雨ちゃんとラウンジでたまたま出会ったときに出てきた名前の名前。そして、一緒に羅列されたかっちゃんの名前。
まさか名前ちゃんはかっちゃんと一緒にいるのだろうか。どこにいるのか梅雨ちゃんから聞き出して急いでそこへ向かった。
そこにいたのは聞いていたとおり、名前ちゃんとかっちゃんで、場所も場所だから二人でトレーニングしていたことは容易に想像できた。名前ちゃんはかっちゃんと同じく爆破系の個性だ。だから師としてかっちゃんを選ぶのは最良の選択だと思うし、僕自身今まで勧めてきたことだ。
だけど、二人きりでトレーニングをするのは聞いてない。
トレーニングを終えた二人が談笑しながらこちらに向かって歩いてくる。我慢が出来なくて、ズカズカと二人の間を割るように歩いていって、名前ちゃんの腕を掴んでかっちゃんと強引に距離を取った。
痛い、痛いと開放を求める名前ちゃんの声も無視して静かになれる場所……即ち僕の部屋へ向かって一直線だ。そうして寮の前までたどり着いたものの、名前ちゃんが業を煮やして個性を使用して僕から逃れた。
――それが、口論の原因だった。
「……確かに名前ちゃんの言い分も最もだよ。でも、僕に黙ってすることないだろ。」
「そ、れは……。」
僕の言葉に、名前ちゃんが言葉を濁した。さらに言えば、目も泳いでいて僕と視線が合わない。そこへ、一人変わらぬペースで歩いてきていたかっちゃんが姿を現した。
あきらかに僕たちを見て怪訝な顔をしたかっちゃんがズカズカとこちらへ向かって歩いてくる。さすがに僕も名前ちゃんも無視が出来なくて、二人して視線を向ければかっちゃんはもうすぐそこまで来ていて、僕と名前ちゃんを引き剥がすように名前ちゃんを後ろへと引いた。
「てめぇらこんなとこで騒いでんじゃねぇよ。」
「……かっちゃん。名前ちゃんと僕が付き合ってるの知ってるよね。なんで僕に黙って二人きりでトレーニングなんてしてたの。」
「は?んなもんコイツが……」
「きゃーーー!!!爆豪先輩言わないって約束したのに!!」
「うるせぇ!てめぇらの痴話喧嘩に俺を巻き込むんじゃねぇ!」
なにかを言いかけたかっちゃんを名前ちゃんが全力で止めようとしている。でもかっちゃんに適うはずなんてなくて片手であしらわれている。
「コイツがクソデクに褒められたいから俺に稽古付けろって頼み込んできたんだよ。」
「えっ……え!?」
混乱する僕をよそに名前ちゃんはかっちゃんに怒っているようで、ぽかぽかと殴っているのが見える。かっちゃんは意にも介さず意地の悪い顔をしているようだ。
「だって……だって……!出久くんに少しでも追いつきたくて……こっそりトレーニングしてたくさん強くなってたら、褒めてくれるかなって、もっと好きになってもらえるかなって、思ったんだもん……。」
かっちゃんにバラされてしまったからか、名前ちゃんが理由を話してくれた。理由がわかれば愛しいもので、未だかっちゃんを殴り続けている名前ちゃんを僕の傍へと引き寄せた。途端に名前ちゃんは大人しくなって、腕の中におさまってくれている。
「怒ってごめん。でも、僕はもうこれ以上ないくらい名前ちゃんのことが好きだから、黙って僕以外の男と二人きりにならないで。」
「……ごめんなさい。」
しゅんとしてしまった名前ちゃんを強く抱きしめて溜め込んでいた呼吸を吐き出した。いつの間にかかっちゃんはもう寮の中に入っていて、姿は見えなかった。
「名前ちゃん。仲直りしに僕の部屋、来ませんか。」
「……お邪魔、します。」
小さく頷いて見せた名前ちゃんを腕の中から開放して、僕の部屋へとエスコートする。明日の登校は、僕の部屋からでも構わないだろうか。
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