恋色ネズミ


同僚に見つけてもらった電話番号と見つめ合うこと丸3日。その間に何度か電話番号を打ち込んだものの、高鳴る鼓動が緊張まで高めてしまって連絡が出来ないままだった。

今日も入力した番号を見てはやめてしまいそうになったその時、偶然人にぶつかられてしまい咄嗟にスマホを落とさないよう握り締めてしまった。

当然スマホは反応して、そのまま電話がかかってしまう。気付いた頃にはもう画面が通話中になっていた。


「もしもし?」


「も、もしもし……!」


「あ、もしかしてこないだの……!」


「は、はい!この間はどうもありがとうございました。」


電話だというのに、頭を下げてしまう。道の往来で突然頭を下げた私を通行人は訝しげに眺めながら通り過ぎていく。

緊張しすぎて、話が頭に入ってこない。ただ、個性の訓練と称して休日に会う約束を取り付けたのだけははっきりと覚えていた。

それからというもの、すぐに烈怒頼雄斗のことばかり考えてしまって、仕事の手が止まってしまう。幸いなことに同僚がなにかを察してくれたのか、いろいろとフォローしてくれて、最後には「応援してるぞ!」なんて言ってきたものだから余計に緊張してしまった。


休日、教えてもらった住所を訪れると烈怒頼雄斗の事務所があり、恐る恐る中へと入ると相棒の方々が出迎えてくれた。そして、そのまま道場のようなところで待つように言われて、待っていたら烈怒頼雄斗が颯爽と現れたのだ。


「お姉さん!来てくれたんだな!」


にかっと笑う烈怒頼雄斗にまた胸が高鳴ってしまう。相棒の方々は烈怒頼雄斗に指示をもらったのか、部屋を後にして烈怒頼雄斗と二人きりになった。


「あ、あの……よろしくお願いします。」


「そんな畏まんなくていいって!多分個性が暴走しちゃうのリラックス出来てないからだと思うんだよな。」


烈怒頼雄斗が予想される暴走理由を丁寧に説明してくれる。改めて考えたことがなかった私にとって、それは納得せざるを得ないことだった。

確かに個性が暴走して出てしまうときは、極度の緊張や恐怖を感じているときだ。そして、相手は圧倒的に男性が多い。


「じゃあとりあえず男に慣れてみようぜ。俺なら個性暴発しても全然大丈夫だし、限界値探ってみるか。あ、お姉さんって呼び続けるのあれだし名前とか……、」


「そう、ですよね。私苗字名前って言います。」


近い。近付いてきたから当たり前なのだが、近い烈怒頼雄斗に緊張して食い気味に返してしまった。

それからは少しずつ距離を縮めたり、名前を呼んでもらったりと色々な方法で男性に慣れていく練習が始まった。

休日になる度に烈怒頼雄斗の事務所に顔を出したおかげで相棒の方々にも顔と名前を完全に覚えられてしまった。

いつも手ぶらでは申し訳ないので、時々手土産を持っていくとものすごく喜んでくれたから、烈怒頼雄斗事務所に行くのが楽しみになった。

喜びすぎた相棒の方がぐっと近寄ってきたせいで個性が暴発してしまい傷つけかけたことも何度かあったものの、烈怒頼雄斗がその都度叱ってくれたおかげで急に近付いてこられるようなことも減って正直とても居心地がいい。

回数を重ねるごとに烈怒頼雄斗との距離も近くなって、烈怒頼雄斗が切島さんという名前だというのも教えてもらった。

切島さんとオフが被ったときは、これも練習だと言われて一緒にショッピングに出かけたこともある。

そして、練習の成果なのかごく近くに切島さんがいてもほぼ普段通りに話すことが出来るし、躓いて転びそうになったときに急に触れられても個性が暴発するようなことはなくなった。


「大分制御出来るようになってきたな!」


「はいっ!」


制御できるようになってきたことは純粋に嬉しい。けれど、完全に制御できるようになってしまったら、切島さんに会う理由がなくなってしまう。それだけが残念でならなかった。

けれど、切島さんのお仕事の邪魔も出来ない。簡単な書類整理なんかはお手伝いできるけど、それでも私は部外者である以上、あまり込み入ったお手伝いは出来ない。

制御できるようになったのなら、お暇しなければ。


「あの、切島さん……、」


「切島ァ!!!」


意を決して切り出そうとした瞬間、バタンと大きな音がして負けず劣らず大きな声が聞こえてきた。


「おぉ!!鉄哲!!よく来たな!!」


どうやら切島さんのご友人らしく、すごく親しげだ。仕方が無いので言うのはもう少し後にしよう。そうだ、お茶でもいれよう。


「近くまで来たついでにな!新しい相棒か?」


切島さんに向かっていたはずの鉄哲さんの足が、何故か私に向かっていてぐっと肩が掴まれた。

びくりと肩が揺れて個性が暴発してしまった。針状のものが鉄哲さんに向かって一直線に伸びる。最近は全く出ていなかったのに、一体何故、と余計パニックになってしまう。


「苗字さん!大丈夫か!?」


切島さんの声が聞こえて、温もりが私を包み込んだ。それなのにどうしてか、今度は個性の暴発がない。


「あ、ごめんなさい……!お怪我は……!」


切島さんのおかげで、パニックが落ち着く。落ち着けば、鉄哲さんのことで頭がいっぱいになった。あれだけ近距離で私の個性を受けていたならば、咄嗟に避けたとしてもケガは避けられなかったはず。


「びびったー……。」


「鉄哲なら気にすんな。あいつも俺と似たような個性だから、咄嗟に硬化して身を守ってる。けど個性……制御できるようになったと思ったんだけどな。」


そういえば、あれだけ練習して切島さんには全く出なくなっていたのに、鉄哲さんにはすぐに出てしまった。そして今も、切島さんとはこんなに近くに、それこそ抱きしめられているから0距離にも近いのに、個性は出ていない。

もしも、最初の仮定が正しかったのだとしたら。

もしも、切島さんにだけ個性が出ないのだとしたら。


「切島さん……っ、」


もう少しだけ、もう少しだけ練習と称して、一緒にいてもいいですか。

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