ラッキー×アンラッキー
「「個性事故!?」」
「近所の保育所で個性発現しちゃった子がいたみたいで……初めてだったから制御もなにもない状態で受けちゃったんだよね……。」
「じゃあどんな個性でいつ解けるかとかわからないの?」
「あーっと……個性自体はわかってるんだけど、効果がいつまでかはちょっとわかんないんだよね。」
そう、通学中に近所の保育所の目の前を通った瞬間、個性が発現した子がいて対象となってしまったのだ。
「どんな個性なん?」
「えっと……それは……、」
どうしても口ごもってしまう。先生に伝えたときの顔が忘れられないのだ。
「朝からそんなところで固まってどうした。」
「あ、轟くんおはよう!実は……、」
「と、轟くんこっち来ない……きゃっ!」
言い淀んでいたら、轟くんが登校してきてしまった。私にかけられた個性は要約すると、好意を抱いている人にラッキースケベを働いてしまう、そんな個性らしい。
私が好意を抱いている相手なんて轟くん以外にいない。個性が発動するとしたら、轟くん相手くらいだ。
でも、轟くんは私の気持ちを知らないし、突然なにかされればどう考えたってよくてドン引き、悪ければ嫌われてしまう。
それを阻止したくて制止の声をかけたのだが、慌てすぎたのか個性が思っていた以上に強力だったのか、机の脚につま先が引っかかって前のめりに倒れてしまった。
当然、その先には轟くんがいて、受け止めようとしてくれたのだが、咄嗟に轟くんにしがみついてしまったせいで轟くんもバランスを崩し、一緒に倒れこんでしまった。
「ごごご、ごめん……!!」
幸いにも頭をぶつけたりはしなかったようで大事にはいたらなかった。けれど、轟くんの足に挟まれるような位置に倒れてしまったせいで、なんだか轟くんを押し倒してしまったみたいだ。
こんな近くに轟くんがいるなんて恥ずかしすぎる。その気持ちが起き上がる行動に焦りを生んで第二の被害を生み出してしまった。
ゴンッ、と鈍い音が響いた。私が慌てすぎた結果、机に頭をぶつけた音だ。思わず頭を押さえて動きを止める。しかし、それがいけなかった。
轟くんも起き上がろうとしていたが、そんな至近距離で私が動きを止めてしまったものだから、轟くんが止まる余裕を与えなかった。
ふに、と額に柔らかいものが触れた。それはすぐに離れていった。
「わ、悪ィ苗字……。」
どうやらそれは轟くんの唇だったようで、すなわち私は轟くんにでこちゅーされてしまったようだ。
それもこれも個性事故に巻き込まれた私が悪いのだが、轟くんはそれを知らない。個性事故にあったことは知っていてもどんな個性がかけられているか知らない緑谷くんと麗日さんも厳密には知らない。
私だけがなんでこんなことになっているのかわかっているのだが、いかんせんぶつけた頭が痛いのと、轟くんにでこちゅーされてしまった羞恥がパニックを起こさせてしまう。
いつまでたっても動かない私のせいで、轟くんも私の下から抜け出せない。
今のところドン引き程度で済んでいるようだが、これ以上へたに動いてなにか起こして嫌われてしまうのは避けたい。
「……お前らなにやってんだ。」
動けないままどれほど時間が経過していたのか。まだチャイムは鳴っていなかったはずだが、現れた相澤先生が真顔で私たちを見ている。
「せ、先生……個性消してください……!」
これは神の助けに違いない。涙ながらに訴えれば事情を知っている相澤先生はすぐに合点がいったのか、私にかけられた個性を私の個性もろとも一時的に消してくれた。
その隙に急いで轟くんから離れる。個性を消してもらっているおかげで特に何事もなく轟くんから離れられた。バタバタと足音をたてて自分の席に戻ろうとしたら、また机に足を引っ掛けて今度は地面とこんにちはだ。
ぶつけたおでこが痛い。その背後ではようやく無事に立ち上がれた轟くんが私に向かって手を差し出してくれている。けれど、相澤先生の個性もそう長くは続かないだろう。この手をとってしまえば、またなにか起きてしまうに違いない。
「大丈夫だから……!あの、ほんと、ごめん……!」
そう言うしかなかった。だが、安心させられるような落ち着いた声じゃなかったせいで余計轟くんを不安にさせてしまったらしい。優しい。けれど、今はその優しさが辛い。
「轟、お前は席についとけ。八百万、苗字を保健室へ連れて行ってやれ。」
相澤先生の助け舟のおかげで轟くんは最後に大丈夫か、と声をかけて席に戻っていった。そして代わりに駆けつけた八百万さんの手を借りて立ち上がる。そう、轟くんさえ近くにいなければ問題ないのだ。
ちょうどチャイムが鳴ったところだ。八百万さんには申し訳ないけれど、教室から出られたことに安堵する。まだ朝だというのにどっと疲れてしまった。
これがいつまで続くのかわからないのが困りものだ。
ただ、少しだけ額に触れた轟くんの唇の感触は宝物にしよう。
もちろん、事故のキスを受けた額は盛大に床にぶつけてしまったので、リカバリーガールの治癒で即座に上書きされてしまったのだが。
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