素直になれない
「ぜーったい海!!」
「山だっつってんだろ!!」
教室に響く大声はいつものことだ。些細なことから授業内容まで、喧嘩の内容は様々だ。
入学当初から行われている喧嘩は、彼らが想いを通じ合わせた今日も今日とて行われている。今日の喧嘩は一体何が原因だ、と一部のクラスメイトは興味深々だった。
「絶対海!!せっかく新しい水着だって買ったんだから海!!」
「こんな時期に人がクソ多い海になんて行ってられるか!山行くんだよ!」
どうしても勝己が折れない。前々から何度海に行きたいと言っても頷いてくれた試しがないのだ。
しかし、ただでさえ暑いのに山登りで汗をかきたくない。どうせなら海でさわやかにぱーっと遊びたい。
そのために新しい水着だって勝己が喜んでくれるかなって思いながら買いに行ったし、散々悩みぬいてようやくこれだというのを決めたというのに。
どうして勝己は首を縦に振ってくれないんだろうか。
「ずーっと!海開きされてからずっと海行きたいって言ってるのに!一回くらいいいじゃん!」
「ぜってー行かねぇ。」
勝己はこんなにも頑固だっただろうか。それもまともな理由を一つも述べずに。
確かに頑なに拒否をされることがないわけではない。けれど、それには必ずなにか理由があって、それを聞いて私が諦めるのがいつものことだ。
だというのに、海に限っては人が多いだとか、潮風が気持ち悪いだとか、適当なことばかり言って本当の理由を言ってくれない。
「別に海くらい連れてってやりゃいーじゃん。」
「暑くても海に入っていれば気持ちいいわよ?」
言い合いを聞くに堪えかねたのか切島くんと梅雨ちゃんが加勢してくれる。二人の加勢に一瞬怯んだ勝己だったが、すぐにさっきまでの倍以上の勢いで反論された。
加勢してくれた二人すらも怯ませる勢いだ。
「もういいよ!勝己のバカ!!切島くん、梅雨ちゃん、みんなで海行こ!」
私だけならまだしも、無関係の二人にまでこんな勢いで怒鳴られると思わなかった。勝己のために買った水着だったし、勝己に一番に見てほしかったけどもういい。
くるりと勝己に背を向けて切島くんと梅雨ちゃんの腕を掴んで遠巻きに見ていた他の人たちも誘ってみんなで海に行こう。
「ちょ、ストップストップ!!」
切島くんが焦った声を出して突き進む私の足を止めた。なんなんだと聞く前に私の首が絞まって後ろに引かれた。背中には人肌を感じる。十中八九勝己の胸板だろう。
しかし振り返ることは許してもらえないのか、首を全く動かせない。二人の反応を見るにきっとものすごく怒ってるんだろう。
「んなこと許すわけねぇだろ。」
耳元で怒鳴られるのを覚悟をしていたが、予想外に落ち着いた声だった。正確に言うならば、怒りは見え隠れしているけれど、どこか焦燥が感じられる声だ。
「でも私は海に行きたい。勝己が行ってくれないなら誰かと行くしかないじゃん。」
「海はだめだ。」
「納得できる理由は。」
顔が見えないまま勝己を尋問する。勝己が怒鳴らなくなったせいでみんな興味津々らしい。そこかしこから視線を感じる。
しかし、いくら待っても勝己からの返事がない。ぺちぺちと腕を叩いてみるが、やっぱり返事は返ってこない。
「私勝己に見てほしくて新しい水着も買ったんだよ。」
「そ……っれが!」
押し黙っていたはずの勝己が唐突に話し出して少しだけびっくりした。それに合わせるように周囲もざわつく。
今余計なことを言ってまた黙られても困るので、ゆっくりと勝己の言葉を待つ。
「っだー!他人にそんなもん見せてんじゃねぇ!クソが!!!」
少ししてから耳元で叫ばれたせいでキーンと耳鳴りがする。しかも首に回された腕が締め付けをきつくしてい。
ギブギブと腕を叩けばようやく緩めてもらえたので、勢いに任せて振り返った。勝己の顔が見たくなったのだ。
だが、視界に捉えて脳が処理する前に顔面を掴まれた。
「いたたた!!!」
「こっち見てんじゃねぇよ!!」
指の隙間から少しだけ見えた勝己の顔は、少し赤らんでいてあれだけ海を拒否していた理由と感情を理解した。
折れてしまうのは癪だが、仕方ないから次のデートは登山に付き合ってあげよう。
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