ヘーラーの夢
「爆豪くん……好き、なの。付き合って……、」
「ふざけんなよ、んなくだらねぇことで呼び止めたんか。」
最後までも言わせてもらえなかった。一世一代の告白は呆気なく終わって、離れていく背中を呆然と見つめることしか出来なかった。
悲しいはずなのに何故か涙も出なくて、明日からどう顔を合わせたらいいのか、そんなことばかりを考えていた。
正直、振られるとは思っていなかったのだ。クラスではよく話しているし、緑谷くんみたいに怒鳴られることも、轟くんみたいに突っかかられることもなくて、一番仲がいい自信はあった。
そういう目で見られているかは自信がなかったけど、この告白で少しでも意識してもらえたら。そんな風に思っていたのに。
「はぁ……。」
「朝からため息なんてどうしたんだよ?」
昨日の告白から一晩。爆豪くんとどう顔を合わせていいのか結論が出ないまま登校の時間になってしまった。
とぼとぼと寮から学校への短い道を歩いていたら、偶然切島くんに声をかけられた。
けれど、理由を言うわけにもいかず夢見が悪かったと適当に言い訳をした。
「俺昨日なんか夢見たっけな……あ、そうだ、腹いっぱいに焼肉食う夢見たんだ!」
「なにそれ羨ましい!私と一緒に正夢にしてくれてもいいんだよ?」
「行くにしても割り勘だぞ!」
「そこは男らしく『奢ってやる!』って言わないの?」
きゃいきゃいといつも通りに話していたら少し元気になったかもしれない。いつも通り最高。
金ねーんだよ!って叫ぶ切島くんの真実を確かめるためにお財布の中身チェック。うん、確かに少ない。
「うおっ!?爆豪?」
切島くんの財布を覗き込んでいた顔を引っ込めたら、何故か悩みの種ご本人様が私と切島くんの間に割って入ってきた。
先に気付いた切島くんが距離を取ってくれたおかげで、なぜか私、爆豪くん、切島くんの並びになってしまった。
ずかずかと割り込んできたくせに速度を落として私たちと平行して歩く爆豪くん。つい昨日振られた私としては嬉しいような悲しいような、複雑だ。
「爆豪どうしたんだよ?顔こえーぞ?」
「いつも通りだわ、クソが。」
強引に割り入ってきたせいで、爆豪くんとの距離が近い。だというのに、顔は全然見れなくていたたまれなくなって一人で走って先に登校してしまった。
「上鳴くん、瀬呂くんおはよー。」
「おー、はよー。」
「はよ。」
走ったせいで熱くなってしまった顔をぱたぱたと仰ぎながら目に入った二人に声をかけた。切島くんも爆豪くんも追いかけてはきていないようだ。
「なぁなぁ、今日の課題やってきたら見せてくんね?」
「またやってきてないの?もうやだよ。どうせ瀬呂くんにも断られたんでしょ?」
「いい加減自分でやらねーとまた赤点取るぞって言っても聞きゃしねーんだよ。」
「今日のはやる予定だったんだよ!」
「やってないなら一緒でしょ!見せたげない!」
「切島、爆豪はよー。」
「あ、苗字なんで先に行っちまったんだよ!」
「ごっ、ごめんちょっと用事思い出して!」
我ながら言い訳へたくそすぎる。真っ直ぐ席についた切島くんが訝しげにこっちを見ている。爆豪くんは一体どこにと思ったら、今度は私と上鳴くんの間を割るようにずかずかと踏み入って、上鳴くんの机を蹴っていた。
誰の目から見ても超絶不機嫌だ。
「オイ、苗字なんかしたのか?」
「いや、思い当たるようなことは……、」
ひそひそと瀬呂くんの問いに答える。思い当たるようなことがないわけではないが、言えるようなことではないし、そもそも不機嫌になる理由がわからない。
だって、振られたのは私なんだから。
「苗字。」
「え、な……に!?」
首を捻っていたら目の前に影がさす。頭上からかけられた声は爆豪くんのもので、でも顔を見ることは出来なくて見上げないまま返事をしたら首根っこを掴まれた。
そしてそのままズルズルと引きずられて緑谷くんの席に強引に座らされた。
「てめぇ、俺になんか言うことねぇんか。」
「え、なにを……あ、おはよう……?」
そういえば言ってなかった気がする。それが正しいのか間違ってるのかわからないまま、口に出してしまえばどうやら正解だったようで、爆豪くんは満足げに前を向いてしまった。
爆豪くんの行動の意図がわからない。昨日の同じ時間ならそれはそれは喜んだだろうが、夕方に起きたことのせいで今は喜んでいいのかすらわからない。
でもわからないのは私だけみたいで、自分の席に戻ったらにやにやした上鳴くんと瀬呂くんがすぐさま囲ってきた。
「なににやけてんの。」
「いやー?」
「これで来たら確定だよな?」
問いかけには答えてもらえなかった。でもお互いには分かってるみたいで、顔を見合わせてはにまにましている。
確定とは一体なんのことなのか。
「なんの話してんの?」
「まぁまぁまぁまぁ!」
上鳴くんに肩を組まれる。衝撃で首をぐわんぐわんと揺らしながらこちらも意図がわからない会話を繰り広げる。
すると、上鳴くんが何故か勢いよく離れていった。離れたというより、飛んでいった、のほうが正しいかもしれない。
「いってぇー!」
「うるせぇ!」
「えっ、なにって……!」
上鳴くんは痛みを訴えているが口元がまだにやけてる。マゾだったんだろうか。そんな余計なことを考えていたらまた制服の襟を掴まれてぐいぐいと爆豪くんの席の近くまで引っ張られた。
「そこ座ってろ。」
「いや、ここ緑谷くんの……。」
「いいから座ってろ!!」
有無を言わせぬ言葉に仕方なく座ってみるも、爆豪くんがなにかをするような様子は見られない。
ただただ遠くで起き上がった上鳴くんと瀬呂くんがにやにやとこっちを見ている。
「朝からほんとなんなの……。」
多分、二人は勘違いしてるのだ。だって私が爆豪くんに告白したことも、振られたことも知らないのだから。
席に戻ろうとしたら爆豪くんは怒るし、かといって誰か来ても爆豪くんが威嚇するし、やることがない。
そのまま突っ伏して緑谷くんが席を返してくれと訴えるまで寝てしまおう。
まるで嫉妬してるみたいなわけのわからない行動は本当にやめてほしい。
諦めきれなくなってしまうから。
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