you my dolce
「名前」
「なぁ、名前」
朝からずっとこの調子で私の後ろを子ガモのようについてくるのは、女性人気をほしいままにしているイケメンヒーロー、ショートである。
やっとの思いでもぎ取ったオフの日だから、それまでの仕事で会えない時間を埋めるように隙あらばくっつこうとしてくるのだ。
「焦凍、午後まで待ってってば。」
「いやだ、待てねぇ。」
洗濯機に洗濯物を放り込んでいる間に背中にくっついてしまった焦凍が肩に顎を乗せている。少し重たい。
焦凍の髪が頬を首をくすぐってくる。制止の声をかけてはみるものの、即座に否定された。
「焦凍、待ってくれるなら今日の晩御飯なんでも好きなもの作ってあげるけど。」
「……」
ちょっと揺れてるのかもしれない。焦凍が黙り込んだのを好機にここぞとばかりに攻め入る。高校生からの付き合いなのだ。扱い方は熟知している。
「焦凍が手伝ってくれるなら、もうちょっと早く手があけられるかもなぁ。」
「…………」
「そしたら午後とは言わずお昼前でやること終わっちゃうんだけどなぁ。」
「……なに、したらいい?」
「ん……まずはそうだなぁ、お風呂掃除してくれると助かるかな!」
「わかった。」
耳元に口づける戯れを挟んで意気揚々とお風呂場へ向かった焦凍の背中を見つめながら残っている家事を次々とこなしていく。
焦凍は決して器用じゃないから、時間はかかってしまうけど邪魔されないだけ私の家事がスムーズに進む。疲れているから甘えてきているんだろうけど、背に腹は変えられない。
それに、私だって早くゆっくり焦凍とくっついていたいのだ。
「名前、洗濯機鳴ってたから持ってきた。」
「じゃあ一緒に干そ!それ干すのが最後だから!」
焦凍の顔が輝いたのがわかった。まるでおもちゃを与えられた犬のようだ。ベランダに向かう足取りさえ軽く見えるのはきっと気のせいではないはず。
「やっぱり名前みたいに上手くはできねぇな。」
「焦凍のサポートをしていくのが私の夢だからこのくらいはね!」
そう。焦凍が安心して仕事に励めるようにサポートするのと、こうやって疲れて帰ってきた焦凍を癒せればいいなと、ずっと思ってきた。
焦凍のためと言いつつ私のためでもあるのだが、それがなにより幸せなのだ。
「名前、もういいか。」
洗濯物を干し終わって、洗濯カゴを片せば、もう待てないと焦凍がそわそわしている。
「待たせてごめんね、焦凍。」
待ちきれないのはなにも焦凍だけではない。私だって、もう待てないのだ。駆け寄って抱きつけば、焦凍のぬくもりに包まれる幸せな時間。
足が地面から離れれば、ソファに運ばれて焦凍の上に座らされる。いつもは大分上にあって見上げなければ重ならない視線も、今は至近距離で重なり合う。
こつんと額がぶつかって唇が重なり合う。互いの唇の柔さを堪能したあと、焦凍の額が私の肩口に埋められる。
柔らかい髪に頬ずりしながら、形の整ったまあるい頭を優しく撫でると、まるで子供のように額をこすりつけてくる。
下手したらこのまま寝てしまうんじゃないだろうか。
「名前、すきだ。」
「私は愛してるよ。」
「俺だって愛してるに決まってる。」
他愛ない愛の応酬。少しむっとしたような声が可愛くて、くすくす笑っていたら腰に回されていた手に力が篭るのを感じる。
空気すら居場所を失うほど密着する体で焦凍の温もりを感じる。この優しさ溢れる体で、一体どれだけの人を救ってきたのだろう。
ヒーローはたくさんの人を救う。でもヒーローだって人間だ。疲れるし、傷つく。そうなったヒーローはじゃあ一体誰が救うのか。
私は焦凍みたいにみんなを救えるわけじゃない。でも、焦凍が私を愛し続けてくれる限り、私は焦凍を救い続けたい。みんなを救えなくても、たった一人救えるならそれでいいのだ。
「ねぇ、焦凍。」
「ん?」
「今日の晩御飯、なにがいい?」
「……名前の得意料理。デザートには名前をつけてくれ。」
「私は食べ物じゃないんだけど?」
「よく俺に食べられてるだろ。」
少しの浮遊感のあと、背中に感じるソファの感触。焦凍は不適な笑みで私を見下ろしている。その瞳は獰猛な獣のそれだ。
「デザートは食後でしょ?」
「昼飯にもデザートがほしい。」
じっと見つめられる瞳に負けてしまいそうだ。果たして現役ヒーロー相手に昼も夜もなんて、体力はもつのだろうか。
答えはわからないけれど、今日くらいはアテもなく負けてしまってもいいかもしれない。焦凍の貴重なオフの日なのだから。
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