転がり始めるビー玉


「アァ!?てめーまだいたのかよ。」


トンボを片付けてきたらしい勝己が漸く戻ってきた。私の姿を見るや否や怒鳴り散らす。あんだけ動いたのにまだその元気があるのか。


「先に帰っちゃったら勝己が寂しいって泣いちゃうかもしれないなって思ったんだよ。」

「ふっざけんな!誰が泣くか!つーか泣いてたのは名前の方だろうが!」


置いていかれるかとも思ったが、勝己は私の隣を歩いている。というか、また名前で呼ばれた。


「ねぇ、勝己。聞き間違いかと思ってたんだけど、なんで突然名前で呼ぶようになったの?」

「うるせェ。」

「昨日腕、大丈夫だった?」

「うるせェ。」

「あ、今日このまま勝己の家に行くから。」

「うるせ…は!?ふざけんな、来んじゃねーよぶっ殺すぞ!」


ばかの一つ覚えみたいになにを聞いてもうるせぇしか返ってこなかったのに、いきなり怒鳴られた。


「勝己の意見なんか聞いてないの!私の不注意でこんなことなったんだから勝己ママとパパにも謝らなきゃいけないでしょ!」

「ンなのほっときゃいーんだよ!昨日だってババァ一言も口にだしてねーわ!」

「だから勝己の意見なんか関係ないんだって!ていうか昨日はほんとありがと!!」


言おう言おうとは思っていたが、勢いに任せて言ってしまった。こんなお礼の仕方でいいのだろうか。一応明日にでもこの間見つけた激辛カレー屋さんでも教えておこう。

家に近付くにつれ、勝己の怒鳴り声は少なくなっていった。私が家までついていくことについては諦めたらしい。いつもの曲がり角で蹴られたが、頑として勝己の家方面へ行こうとしたら折れた。



ガチャリと音をたてて開いた扉を勝己に続いてくぐる。部屋の奥から勝己ママの声といい香りが漂ってくる。今日の爆豪家の晩御飯はから揚げらしい。

まっすぐ自室に行ってしまった勝己の背中を見つつ、声のしたリビングへ顔を覗かせる。


「勝己ママ、お邪魔してます。」

「あらあら!名前ちゃん久しぶりね。そっちのソファ座って?勝己!!あんた先に名前ちゃんのお茶くらい出しなさい!」

「いやっ、そんな、お気になさらず…!」


とりあえずソファに腰掛ける。あぁ、どうしよう。緊張してきた。


「名前ちゃん昨日は怪我とかなかった?」

「あ、えっと、その、大丈夫です。勝己が助けてくれたので。」


私から切り出そうと思ったのに、勝己ママにはなにをしに来たのかお見通しだったらしい。隣に腰掛けた勝己ママに頭を撫でてもらった。


「でも、私のせいで……勝己が腕火傷しちゃって……」

「あんなのは勝己が未熟だったせいでしょ。ルールがある以上、褒められた行動じゃなかったのかもしれないけど、私は勝己も名前ちゃんも無事でよかったと思うよ。」


家をあけていることが多い両親に変わって勝己ママはよく私の面倒も見てくれた。中学生にもなると家事を覚えた私は勝己ママのお世話になることも少なくなったから、どこか懐かしく感じる。

勝己が部屋に閉じこもっててよかった。勝己ママの胸でわんわんと泣いた。勝己ママはそれ以上なにも言わずにずっと抱きしめて頭を撫でてくれた。

涙が止まる頃には勝己パパも帰ってきていて、無事でよかったねとまた優しく撫でてくれた。泣きつくしたつもりだったのに、また涙がにじんできた。


「名前ちゃん今日ご両親は?帰ってこないならご飯食べていきな。泣いて疲れてご飯作る気力なんてないでしょ。」


ちょうど夕飯はコンビニですまそうか考えていたところだ。一番近いコンビニに泣きはらした顔では行きたくないし、どこのコンビニにしようか悩んでいたので有り難くお言葉に甘えさせてもらう。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔を洗うために洗面所に行くと、制服を脱いだ勝己がいた。


「ブッサイクな面してんな。」


人の顔を見るなり失礼極まりない。けれど、反論する元気もないので無視して勝己の奥にある洗面台を目指す。すれ違い際に腕を掴まれた。


「いたっ、痛いっ、なに!?」

「うっせぇ、黙って拭かれてろ!」


ゴシゴシとタオルで顔を拭かれる。力任せに拭いてくるもんだから痛くてたまらない。


「ちょ、顔洗うからいいって!」


腕をなんとか押し返してどうにかこうにか洗面台にたどり着いた。鏡越しに見た勝己の表情はいつものキレた顔でも、真面目な顔でもなく、なにを考えているのかわからない顔だった。


一番近いのは、悲しみだろうか。

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