体験したことのない土曜日
結局あのあとご飯をご馳走になることを知った勝己が暴れ、勝己ママに殴られる勝己を見ながらわいわい夕食をとった。
勝己ママに言いくるめられた勝己が家まで送ってくれたけど、終始無言で空気が重かった。
家に入る前また明日ね、と声をかければおう、と答えてはくれたから怒ってるわけではなさそうだったけど。
昨日泣きはらした顔はもうすっかり元通りになって、よかった。ぱちんと頬を叩いて気合をいれる。もう泣かないぞ。
「おっせーんだよ、名前。」
鞄を持ってひりひりする頬を戒めに家を出れば、何故か家の前に勝己がいた。
「え、なんでいるの。」
「気分。」
意味はわからないけど、私の隣を歩く勝己の表情に昨日のような影は見当たらない。
表情を見ているのがばれたのか、ふくらはぎが蹴られた。
「ジロジロ見てんじゃねーよ。」
「だって、昨日勝己変だったから。あ、出久だ。おーい!」
前を歩く出久が見えたから手をあげて挨拶をしようとしたら何故か勝己に無理やり下ろされた。本当になんなんだ。
出久は出久で、私の声には気付かなかったのか先に行ってしまった。
調子が狂うとはまさにこのことだろう。電車ではなんか人ごみから守ってくれるみたいに立つし、やっぱり電車降りてからも一緒に行ってくれるし、勝己が昨日に引き続き変だ。牙を抜かれた虎みたいな、そんな感じ。
「……明日。」
「え?」
「明日、木椰区付き合え。」
「え?え?」
聞き返してもそれ以上はなにも言ってくれなかった。あれ、もしかしなくても昨日以上に変?
教室に入ってからはいつも通りだった。それにどこか安心した。
勝己の急激な変化に、嬉しい反面、なにか負い目みたいなのを感じてるんじゃないかって不安になる。
もしくは、しがみついて泣いちゃったから、私の気持ちがバレてしまったんだろうか。思い返せばあれは本当に恥ずかしかった。
幸い、教室では普通だったから、クラスメイトは気付いていない。出久だけはときどき視線を感じるから気付いているのかもしれないな。幼馴染ってすごい。
「名前ちゃん、お昼一緒に食べない?」
感じていた視線は間違いではなかったらしい。お昼になったら出久が目の前にいた。断る理由もないし、二つ返事で頷いて食堂に向かう。相変わらず混んでるなぁ。
「単刀直入に聞くけど……かっちゃんと何かあった?」
「んぐっ、けほ……勝己のことだとは思ったけど、そう来るか。」
驚いて喉が詰まりそうになったのでトントンと胸を叩く。
勝己自身になにかあったわけじゃなく、私との間になにかあったと思う辺り、勘が冴えている。
「あ、えっと……この間名前ちゃんが休んだ日にかっちゃんも遅れてきたから……次の日相澤先生に呼ばれてたし、なにかあったのかなって。」
「あ、んー。別に口止めはされてないしいっか。あの日事故にあっちゃってさ。危うく瓦礫の下敷きになるところだったんだよね、私が。それを勝己に助けてもらって。」
「あ、そうだったんだ。」
出久の顔は合点がいったと言いたげだった。なんでわかったの、と聞く前にいつものブツブツモードに入っちゃったもんだから残りの昼食を食べ進める。
出久今日はラーメンだけどそのままだと伸びちゃうよ、と言おうにもブツブツモードの出久には届かない。
綺麗さっぱり昼食をたいらげても出久はまだブツブツモードだった。さすがにそろそろ食べないと食べ終わらないよ。
目の前で手を振ったり、肩を叩いたりすればようやく戻ってきた出久にちょいちょいと指でラーメンをさした。当然もう伸びきっている。
「あぁ!忘れてた……って、名前ちゃんはもう食べ終わってるよね。先に戻っててもいいよ?」
「いいよ、待ってる。出久とご飯食べるの久しぶりだし。」
伸びきった麺を啜る出久を見ながら、ぼんやりと今朝の勝己のことを思い出す。そういえば木椰区って言ってたな。木椰区ってことは当然ショッピングモールに行く、んだよね。
なんか、デートに誘われたみたいだ。
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