迷い、不安


「とっ、轟くんは……!」


急いで救護室へと駆け込めば、様子を見に来ていた相澤先生とミッドナイト先生がいた。

リカバリーガールはベッドに寝かされている轟くんの治療を行っているようだ。

引き寄せられるように治療の終わった轟くんの傍へと歩みを寄せる。

その顔は、どこか青く感じられて血の気が引いていく。寒くもないのに体がカタカタと震えてしまう。


「死んじゃったりは……しない、ですよね。」


声も震えてしまう。真っ白なベッドに寝ている轟くんの姿が、嫌な思い出と重なってポロポロと涙が零れてしまう。

受けるもののない涙は轟くんが寝るベッドへと落ちて、吸い込まれていく。


「大丈夫だよ、ケガも大したことない。そのうち目が覚めるよ。」


ぽんぽんと背中をリカバリーガールに撫でられる。温かい手は安心を生んでくれて、涙は止まらなかった。

いつの間にか差し出されていた椅子に座って、目を閉じられたままの轟くんを見つめる。

聞こえてくる呼吸に耳を傾けながら早く目を覚ましてと祈りをささげる。

こんなことしか出来ない自分が悔しい。私にもなにか治癒系の個性があればよかったのにと無いものねだりさえしてしまう始末だ。

隣のベッドには爆豪くんが寝かされているらしく、先生たちは交互に二人の様子を確認している。

しばらくしたら、小さく轟くんが動いた気がした。じっと見ていたらゆっくりと瞼が持ち上がって轟くんが目を覚ました。


「轟くん……!よかった……!!」


まだ状況を理解出来ていない様子の轟くんにしがみついた。止まっていた涙がなたあふれ出した。


「おや、起きたのかい。」


後ろからリカバリーガールの声が聞こえる。このまま抱きついていてもしかたがない。泣いているのを見られたくなくてごしごしと強めに目元を拭った。


「苗字さん、爆豪くんももうすぐ目が覚めると思うし、表彰式を行うから先に戻ってなさい。」


ミッドナイト先生に声をかけられて仕方なく轟くんから離れた。轟くんは起き上がっているし、リカバリーガールもいる。最悪の事態なんて起きはしないだろう。


「轟くん、個性を……使うときに迷わないで……。」


部屋を出る前にそっと呟いた声は届いたのだろうか。確認しないまま扉を閉める。

スタンドには顔を洗ってから戻ろう。






「轟くん、個性を……使うときに迷わないで……。」


爆豪との試合で意識を失ったらしい俺は気付いたら救護室に運ばれていて、リカバリーガールの治療を受けていた。

目が覚めて最初に目に入ったのは泣きそうな苗字の顔で、理解した頃には苗字の香りがすぐ傍にあった。

なにが起きているのかわからずどうすることも出来なかった俺を見かねたのか、ミッドナイト先生が苗字に声をかけた。それを聞いてゆっくりとした動作で救護室を出て行った苗字だったが、去り際に迷うな、と告げられた。


「なんであんな……。」


「苗字の母親のことでも思い出したんだろう。お前が運ばれてきてすぐに苗字もここに入ってきたから、いてもたってもいられなかったんだろうよ。」


独り言のつもりだったが、相澤先生に拾われた。それにしても苗字の母親のこととは一体なんなんだろうか。

聞き返そうとしたときに横で大きな音がして先生はそちらにかかりきりになってしまった。

リカバリーガール曰く隣には爆豪が寝ていたらしい。俺は体に異変がないことを確認してもらってすぐに表彰式のために控え室に行ってろといわれて追い出されたが、救護室から聞こえる暴れているような音はやむことがなかった。

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