ちらりと見えたその感情
出久はもうボロボロだ。こんな遠くから見ているだけで痛々しさがわかる。
それなのに、轟くんを煽るような行動をしているから、勝己菌でもうつってしまったのだろうか。
煽られたらしい轟くんは出久に突っ込んでいく。けれど、その動きはどこか鈍い。勝己も気付いたようで、前傾姿勢になりながら食い入るように見ている。
至近距離まできた轟くんに出久は一発お見舞いする。吹っ飛ばされた轟くんは体制を立て直して氷で攻撃しているけど、それもどこか鈍い。
想像通り、ステージは相当寒いのだろう。そもそもあんなに氷を使っていて体温が下がらないわけがないのだ。
出久の猛攻が轟くんを襲う。と、そのとき轟くんの半身が僅かに燃える。普段使っていなかった左側を使うつもりなのだろうか。
すぐに消えた炎だったが、更なる出久の猛攻を受けて一気に燃え上がった。二人の全力がぶつかり合う。その瞬間、勝己でも起こせないんじゃないかってくらいの大爆発が起きて、ものすごい風が私たちを襲った。
思わず勝己の体操服を握って目を閉じてしまった。勝敗は一体どうなったのか。
場外まで一気に吹き飛ばされていたのは出久だった。強く壁に打ち付けられたのか意識もないようだ。
運ばれていった出久を心配した梅雨ちゃんが立ち上がる。後ろでもお茶子や飯田くん、峰田くんも駆け出している。
私は動くことが出来なくて、握り締めた勝己の体操服を離す事が出来なかった。
「しっかりしろや。」
静かに勝己に窘められる。二人がなにを思ってこんな戦いになったのかはわからない。わからなかったけど、言い知れない恐怖を感じていたのだ。
動けない私を見かねた勝己は私の体操服の襟首を掴んで席を立った。引きずられるようにして控え室まで連れて行かれた。
「ここなら落ち着けんだろ。」
静かな控え室は、確かに心を落ち着かせるにはもってこいだった。椅子に腰掛ければ、勝己も隣に座った。
「……あの二人、仲悪かったっけ。」
「そういうんじゃねーだろ。」
数回深呼吸を繰り返せば少し落ち着いてきた。おもむろに問いかけたのに、勝己は律儀に返してくれる。否定はしてくれたけど、あの二人にはなにかがある気がしてならなかった。
やっぱり、体育祭開始前の宣戦布告のせいなのだろうか。
「あんなやつらのこと、考えてんなよ。」
不意に聞こえた言葉に耳を疑った。まるで嫉妬のような感情を見せるその言葉は、知られていないはずの勝己への気持ちがそう思わせているだけなのだろうか。
「てめーは次も勝って、俺とやるんだろ。瞬殺なんて面白くもねーことさせたらぶっ殺すぞ。」
やっぱり、嫉妬なんてそんな嬉しいことじゃなかった。というか、私も勝己も勝ち進むこと前提なのか。
「勝己こそ、切島くんに負けちゃわないでよ。勝己の爆破、通じないんじゃないの?」
「ハッ!俺があんな野郎に負けるかよ。」
自信満々の勝己に励まされてしまった。一生の不覚。息を吐き出して体を伸ばす。リフレッシュしたところで、対常闇くんの作戦を考えようとした。
「ん?苗字くんと爆豪くんじゃないか!」
扉を開いて入ってきたのは飯田くんだった。次の試合の準備にきたのだろう。ということは、ステージの修復は終わったのだろうか。呼び出されなくてよかった。
「飯田くんは塩崎さんとだっけ。上鳴くんが瞬殺だったからあんまり手の内が見えてないかもしれない相手だけど、頑張ってね!」
「あぁ!苗字くんこそ一対一なら最強に近い常闇くんだろう。対策はあるのか?」
「うーん……あるにはあるけど、有効かどうかはちょっと。」
飯田くんと普通に話せているのに安心したのか、勝己は背もたれに寄りかかってそっぽ向いてしまった。
なんだかその様子がネコみたいでくすりと笑ったら飯田くんに突っ込まれてしまった。
なんとかはぐらかして試合に向かった飯田くんの背中を見送る。試合がどれだけ長引くかはわからないけど、もうすぐ私の試合だ。
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