七色アローズ


「なぁ、名前。」


名前が俺の目の前から消えてからおよそ2年。ようやく見つけた名前は、ひどくボロボロで思わず息を飲んだのを覚えている。

隙をついて逃げてきたのだと、今にも消えてしまいそうな声で、俺以外のヒーローたちから向けられる敵意の中、どれだけ探しても見つからなかった敵たちの隠れ家を俺たちに教えてくれた。

名前も敵側の人間だ。こちらを錯乱させるために嘘の情報を言っている可能性が高い。そういった声も少なくはなかった。けれど、全てを伝えきって安心したのか意識を失った名前の、その寸前に見せた一瞬の表情が俺を確信させた。

まだ経験は浅いけれども信頼のおける相棒の一人に完全に意識を失って倒れてしまった名前を病院に運ばせて、俺は異を唱えるヒーローたちをなんとか説得して名前が必死に伝えた場所へと向かった。

事実、名前が言っていたことは嘘偽りがなく暴れまわっていた敵たちのリーダーを捕らえることが出来た。名前の情報のおかげで先手をとれた俺たちの被害は、皆無に等しかった。

意識を取り戻した名前も一時は敵として捉えられたが、2年前の大々的に敵たちが活動を開始したあの日。俺たちの情報の一日前に動き始めた敵たちに先手を打たせなかったこと。

そして、敵たちを壊滅へと追い込む情報を俺たちへ提供したことを必死に訴えて、なんとか釈放された。

だが、ヒーロー全てがそれに納得はしなかった。情報には感謝していても、信じきることが出来ないのだ。

だから、俺が所謂監視役として名前をおよそ半年間、見守ることになった。

今日で、その監視の期間が終わるのだ。


「鋭児郎、今日までつき合わせてごめんね。もう、自由になっていいんだよ。」


この半年間、ずっと見てきた悲しげな顔。涙こそ零れないものの、今すぐにでも泣き出してしまいそうなその表情は俺が見たいものではなかった。

名前は勘違いしている。名前の監視役に俺が立候補したのは、裏切られたのが憎いだとかそういう理由じゃない。そのそのそんな気持ちなど持っていないのだ。

ただ純粋に名前とまた一緒にいたかったからだ。職権乱用だといわれるかもしれない。それでも、他の誰かが名前を監視して、万が一にも名前に惚れてしまわれたらと思うと気が気でなかった。

けれども、この半年間名前が傍にいるのはあくまで仕事。一緒にいるからといって、私情を挟むわけにはいかなかった。

昔みたいに話をしてしまえば、余計なことを言ってしまいそうで会話も必要最低限。名前が俺になにかを言おうとすれば遮ったし、内容によっては背を向けてきた。

その行動が一層名前を悲しませるとわかっていても、そうするしかなかった。


「もう俺は名前の監視役じゃない。ヒーローとしてじゃなく、一人の男として、ただの切島鋭児郎として、名前に言いたいことがある。」


ずっと、ずっと我慢していた。半年なんてものじゃない。名前が敵として対面した2年半前、いや、本当はもっとずっと前から心の中にはあった。

言葉に出来なくて、それで名前を失ってしまった。もう二度とそんな思いはしたくない。

名前を助けると誓ったあの日から、一時だって消えることの無かった気持ち。誰になんと言われようとも、もう我慢しない。


「俺と、結婚してほしい。」


「え……、」


じっと名前を見つめていればよくわかる動揺。目が泳いで、俺の視線に気付いて俯いてしまった。断られるかもしれない。それでも、言わないでする後悔はもう二度とごめんだ。


「ずっと、名前がいなくなるそれより前から考えてた。名前が敵だっていうのはわかってた。それでも、俺と一緒にいてくれると自惚れて、2年も会えなかった。戻ってきてくれてからも、他のヒーローを納得させるには、ただの監視役に徹するしかなかった。でももう関係ない。2年間と半年。ずっと忘れたことはなかった。」


髪に隠れて表情は見えない。静かに淡々と俺の気持ちを紡いでいく。言いたいことが多すぎて、うまくまとまらない。名前は一言も発さない。


「愛してる。名前が元敵だとか、世間がどうだとか関係ない。俺は、名前のことだけを愛してる。」


よく見れば名前の肩が震えている。今すぐ抱きしめたい欲に駆られながらも、ここで抱きしめてしまえば名前の真意を聞けなくなる気がしてぐっと堪えた。


「……私が、鋭児郎に近付いたのは、利用するためだよ。」


「知ってる。」


「…………私が個性を使って、鋭児郎に……、」


「知ってる。でもそれは最初だけだっていうのも、知ってる。」


肩だけじゃなく、声まで震えている名前に心が痛んだ。それでも、ゆっくりと言葉を紡いでいく名前を、じっと見つめる。


「……私、わたしは……、」


「……誰かが名前を傷つけるようなことを言うなら、その全てから俺が守ってやる。」


言い切った俺に、ようやく名前が顔をあげた。その瞳には涙が今にも溢れ出しそうなほど溜まっていて、けれど半年間見続けた悲しみの涙じゃなかった。

それを見た途端、もう我慢出来なかった。名前へと腕を伸ばして、腕の中へと閉じ込めれば焦がれた温もりと香りが俺を満たした。

何度も、何度も、壊れたカセットテープのように好きだ、愛してると繰り返していれば、小さく返答が聞こえてくる。

それは肯定を表すもので、一瞬にして声にならない喜びが俺の心を温かくしてくれた。


「鋭児郎、愛してる。おじいちゃんおばあちゃんになっても、ずっと傍にいると誓うわ。」

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