体育祭のヒーロー


「ねぇ名前!あの2位の人と同中だったってホント!?」


体育祭という一大行事も終わってようやく日常が取り戻せると思ったのだが、そう上手くことは運ばなかったようだ。


「え、う、うん……そうだけど、どうしたの……?」


朝から体育祭の話で持ちきりだったのだが、どこで聞きつけたのか昼休みになった途端クラスメイトが一人食い気味に問いかけてきた。

どうやら雄英体育祭2位というすばらしい結果を残すほどの実力を持ちながら、容姿端麗で個性も相まってかクールな印象を残した彼、轟焦凍に女子の注目が集まったらしい。


「ねぇ、どんな人なの?やっぱり彼女とかいるのかな!?」


「えっと……優しい、人だよ。彼女はちょっと……わかんないや、ごめんね。」


矢継ぎ早に飛んでくる質問から逃げるように食堂へと向かう。それでも諦めないクラスメイトは私についてきて更に質問を飛ばしてくる。

どうしても焦凍くんとお近付きになりたいようだ。

同じ雄英に通っていると言っても普通科とヒーロー科では授業時間だって違うし、教室も離れているからわざわざ行かなければ見かけることだってほとんどない。

それこそ、何かきっかけさえない限り。


「お、名前。」


「えっ、と、轟くんですよね!私普通科なんですけど……!」


偶然、本当に偶然だったのだが食堂で轟くんに出会ってしまった。数秒前まで話していた憧れらしい焦凍くんが目の前にいることに興奮したクラスメイトが私の返事をかき消して焦凍くんに話しかけている。

焦凍くんもさすがにびっくりした様子だ。


「ご、ごめんね焦凍くん……!久しぶり、だよね。」


「かまわねぇよ。それよりせっかくだし一緒に飯食わねぇか。」


どうにかこうにかクラスメイトを落ち着かせたのに、焦凍くんにご飯に誘われてしまってまたクラスメイトが興奮してしまっている。


「あ、あのっ!私も一緒にいいですか!」


「悪ィ、とってある席が2人掛けなんだ。」


ちょうど私たちも席を探していたところだったし、空いているのは1人掛けの席ばかりでさすがにこの状況でそこに座るのはあからさますぎると悩んでいたところだった。

なので、申し訳ないけれどがっくり肩を落としているクラスメイトに別れを告げて、焦凍くんが偶然とっていてくれた席に座らせてもらった。

私と焦凍くんはいわゆる幼馴染というやつで、小さい頃から家族ぐるみでの付き合いがあった。けれど、焦凍くんのお母さんが入院したと聞かされた頃からあまり会うことはなくなって、ごく稀に私の両親が家をあけるときに預かってもらっていたくらいだ。

焦凍くんはもちろん、冬美さんもとっても優しくしてくれた。ただ、焦凍くんのお父さん、エンデヴァーさんの視線だけが突き刺さるような感覚があって、苦手だった。

多分、私の個性が弱いから一緒にいることを良しとしたくなかったんだろう。

ただ、泊まらせてもらうときは、焦凍くんがその視線から守ってくれるような気がして、一時期は焦凍くんのことばかり考えていた。

個性が弱いとか関係なく、誰にでも優しい焦凍くんのことが――。


「……なにかついてるか?」


いつの間にかじっと見つめてしまっていたらしく、聞きにくそうに焦凍くんが声をかけてくれた。慌てて視線を昼食へと落とした。

改めてみると、やっぱりかっこいい。クラスメイトの女子たちがきゃーきゃー騒ぐのもわかる気がする。


「ううん、やっぱりおそばなんだなぁって思って。こうやって一緒にご飯食べるの、久しぶりだからちょっとだけ、嬉しくて。」






体育祭の影響なのか、通学時からやたらと声をかけられて少しうんざりしていた。だが、それは俺だけではなかったようで、瀬呂は道行く小学生にどんまいと声をかけられたと嘆いていた。

教室では全員が同じだったようでそういった声は当然なかったが、食堂へ行ったらそういうわけにはいかなかった。

早々に席を確保して飯を取りに行く。蕎麦を持って席に向かっていたら、朝からかけられたのと同じような声を向けられている少女が一人いて、可哀想にとそちらを見たらそれはよく知っている名前だった。

思わず声をかけたが、隣にいたクラスメイトと思わしき少女はどうも俺のことを話していたらしく、名前に声をかけたことを少し後悔してしまった。

そこで少し強引に名前だけを昼食に誘えば、名前もうんざりしていたのか大人しくついてきてくれた。

かと思えばなぜかじっと見つめられて、どうしていいかわからなかった。


「……なにかついてるか?」


他に理由が思い当たらなかった。けれど、名前は違うという。明確な理由ははぐらかされてしまったので、都合よく解釈してしまいたくなる。


「なぁ、また飯食いに来いよ。姉さんも久しぶりに会いたがってる。」


食堂でも構わないが、少し騒がしいしさっきみたいに余計な茶々が入るかもしれない。それなら家でゆっくりしたいし、泊まっていってくれるようなことがあればと邪推してしまう。


「で、でも焦凍くんが授業頑張ってるのに一人でお邪魔できないよ……!」


「なら、自習でもして1限分待っててくれ。一緒に帰るなら問題ないだろ?」


名前が押しに弱いのを分かっていてこういう聞き方をしている辺り、自分でずるいと思う。

それでも、名前と一緒にいたいと思ってしまうあたり、末期だとも思う。

いつか胸を張って好きだと告白させてくれ。

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